城東電軌

kitoudenki.exblog.jp
ブログトップ

軽便探索リターンズ・袋井駅からてくてくと♪・その3

岡崎駅を出た所にはこんな看板が。
b0059978_19324868.jpg

えっ?
電車・・・・・・
いくらなんでも電車は無いよ・・・・・

気を取り直して先へ進みましょう。
線路は県道沿いに進みますが、軽便の開通当初は岡崎駅は村の外れ、何も無い所に造られていたのです。
b0059978_19372321.jpg

此処で川を渡りますが、河川改修で堤防も嵩上げされルートも多少変わってしまっていますが、当時はこの堤防上(横)を軽便が走って居ました。
そして堤防上に新三輪駅がありました。
b0059978_1954299.jpg

これは私が37年くらい前に撮った写真です。まだこの頃はホームが残っていたんですよ。

暫く堤防を進むと、線路敷きは左にカーブをして、集落をかすめるように大きなS字を描いて石津駅に至ります。
b0059978_8182942.jpg

この区間は構造改善により、当時の痕跡がすっかり消えさってしまっています。
写真の農道の近くを目印に堤防を左に曲がり、集落の先端をかすめ、家屋の先の荒れ地(元の畑地)が線路敷きの跡になるようです。
b0059978_203186.jpg

石津駅にはお馴染のホームの擁壁がお出迎え。
今やすっかりお馴染ですね。
b0059978_2051579.jpg

駅を出た所の踏切には警報機の基礎がヒッソリと・・・・
b0059978_206277.jpg

前回の記事にも書きましたが、石津駅の道路を渡った反対側なのですが、此処の鉄道用地が異様に広いのは何故なんでしょう?
用地杭が示す通り、平地の部分が全て鉄道用地なのですよね。
石津の側線が有ったとか、保線設備とかが有ったとの情報も無いし・・・・
公文書でも調べるしか無さそうでしょうか。
b0059978_2095811.jpg
b0059978_2094898.jpg

なだらかな下り坂を降りると、新川西駅に到着です。
鰻を積み込むための臨時駅だったそうで、新川という川の西だったからそういう名前だったそうです。
b0059978_20123722.jpg

特にホームが有った訳でもなく、線路端に踏み台の様な物が有っただけだったそうです。
養鰻池は、此処から南に行った橋の所に有ったそうで、船で此処まで運んできたそうです。
b0059978_201522.jpg

さあ、先に進みましょう。
程なく七軒町に到着です。手前の空き地が駅跡で、待合室のみに小さな駅です。
駅前に有った造り酒屋も今は小売のみで、かつての蔵は残っている物の、その当時の繁栄は知る由もありません。
b0059978_20184122.jpg

七軒町を出ると、線路敷きは水路と田圃に挟まれた築堤の上を走ります。
b0059978_20195026.jpg

そして、県道がS字を描いて大須賀の町に入ると、軽便は県道に添って街中へと入って行きます。
b0059978_20205927.jpg

この辺りまでは、ほぼ歩道の部分が線路敷きの様です。
ブロック塀の所で、荒れ地が出てきますが底が線路敷きの痕跡です。
そして寿司屋の所で県道と別れて待ちの南側へと入って行きます。
b0059978_2023427.jpg

今では街中のほとんどが私有地となっており、一部の私道(市道)にその痕跡を見ることしか出来ません。
そして新横須賀駅に到着です。
b0059978_20291032.jpg

今ではドラッグストアーが建つこの地も、かつては南遠の交通と物流の要所でもありました。
当時の面影を残す駅前旅館が彼の地で盛業中である事は、何かほっとする事でもあります。
b0059978_20315735.jpg

こうして駿遠線の探索・リターンズの第1回を終えた訳ですが、前回からの間に記念公園の開設、袋井駅の工事など、大きな変化がありました。
こうして考えると、現役鉄道だけでなく廃線跡も日々の記録をしておくことも大切なのかな?
と改めて提議された気分になりました。
何はともあれ、阿形先生又よろしくお願いします。お世話になりました。

おまけ

道中でこんな物が。
幕車とEMV
b0059978_2044153.jpg
b0059978_20435194.jpg

[PR]
by kitoudenki | 2013-11-11 20:44 | 鉄・駿遠線