城東電軌

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三河田原、その先にあるものは

豊橋鉄道渥美線。JR豊橋駅を起点とし、渥美半島の中間に位置する三河田原に至る路線です。
そんな渥美線には昭和19年に休止(昭和29年廃止)になった区間が有り、昭和57年ころのある冬の日に、廃止区間である三河田原から黒川原の間を歩いた事が有りました。
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その頃の豊鉄は雑多な電車が寄り集まっており、乗っても撮っても楽しい路線でした。
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小野田セメントの貨物輸送も有り、電機も数多く在籍しておりました。
そんな渥美線の終着駅である三河田原には、駅の端から左にカーブをしながら工場の脇を抜ける線路敷きが確認出来ました。
それを辿ってゆくと視界が開け、橋の撤去された川が目の前に現れました。
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仕方が無いので遠回りをし再び線路敷きに戻ると、そこには石垣で固められた切り通りの砂利道がまっすぐに続いていました。
線路を敷けば、そのまま復活できるような雰囲気の道でした。
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加治駅辺りまで来たでしょうか。付近には人気もなく、駅跡の場所も確認できませんでしたが、景色は大分開けてきました。
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歩を進めてゆくと、畑の中に突然広場と新しい道が姿を現しました。
近くにいた農作業をしていた方に伺うと、ここが黒河原駅で最近までホームも残っていたという事でした。
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実はここから先の福江までは未成線で、路盤までは出来上がっていたのですが、結局はレールが敷設される事は無かったとか。
そして現在この未成線跡は、バイパスに転用され、自然に帰り、生活道路になり、農地に戻り・・・・・・それぞれのその後を全うしているようです。

冬の日に、あの頃歩いた思い出を記してみました。
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by kitoudenki | 2015-01-18 22:41 | | Comments(0)

森の中に

遠鉄奥山線。
三方が原から金指に下る途中にある小さな駅。現役時代には誰も乗降しなかった小さな駅。
しかし、その風情が多くの人を惹きつけてやまない駅であったといいます。
そんな駅の場所は今どうなっているのだろう?
思いに駆られて現地を訪ねたのは、日差しが強い5月の晴れた日のことでした。

谷に向かう前に、岡地駅跡を訪問します。
天浜線の線路傍には黄色い花が咲き誇り。
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その横には、奥山線の道床跡と岡地駅のホームが白っぽい埃をかぶっていました。
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谷駅付近から下り方向に向かうと、かつての谷間の農地は住宅団地へと姿を変えています。
軌道敷きは遊歩道として整備されたこともあったのですが、現在は手入れもされることも無く荒れたままになっています。
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辛うじて散策できる区間もありましたので、そこを谷駅に向かい歩いてみました。
やがて路肩に電柱の痕跡が。

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しばらく歩くと水音も聞こえてきました。築堤の下を暗渠で水路が潜っているようです。
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この先はいよいよ藪が深くなり進行を断念。現道に戻り谷駅の位置に向かいます。
谷駅前にあった有名な水車小屋は、今や変電所の敷地に飲み込まれています。
そして谷駅があったのは、この高圧鉄塔の辺りだと思われます。
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変電所造成の際に、地形は大きく変わってしまいましたが、左奥には旧道が残っており辛うじて昔をしのぶこともできました。
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高圧鉄塔の背面には、三方が原から下りてくる旧道があるはずです。
しかしそれも今や廃道で、原の上は土建屋の土場となり、下りてくる道も高圧鉄塔の建設で削り取られてしまっているようです。
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今こうして旧道から線路敷き跡を見ていると、遠くの森にあずき色の車体が見えたような気がしてなりませんでした。


追記 : 記事中、橋梁の位置を間違えておりましたので訂正いたしました。暗渠部分は鉄道時代から暗渠だったようです。
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by kitoudenki | 2014-05-30 22:54 | | Comments(0)