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城東電軌

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こんないい天気の日には縁側で

心地よい初夏の昼下がり、にゃっぴーは読書に勤しんでいます。
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にゃっぴー : ふんふん・・・なるほど・・・・・
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にゃっぴー : 腰が疲れたからどれ、少し横になって読もうかな♪
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にゃっぴー : ん~、なんだか気持よくなってきちゃった・・・・・
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にゃっぴー : ZZZZZZ・・・・・・

ある日の昼下がりの1コマでした。
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by kitoudenki | 2009-04-29 13:25 | ジョリマンと仲間たち | Comments(5)

春うらら、軽便ウォークに行ってきました・その4

さあ、新三俣を出発しましたが、ここからが問題です。
なぜかと言うとその痕跡がほとんど無いからです。新三俣を出ると保健センターと旧大東町役場と体育館がの敷地に完全に飲み込まれてしまいます。
仕方がないのでちょっと寄り道。
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先の大戦時、当地には陸軍の射場があり、その敷地を示す境界杭が体育館に保存(放置?)されています。
その杭を見学に寄ってみました。相変わらず放置されたままです。図書館かどこかにちゃんとした形で展示説明してもらえないかな・・・・・・(ね、教育委員会さん☆)
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役場を過ぎると旧国道150号線の踏切跡を通過して、畑の中を通って行きます。
この近辺も構造改善で線路敷はすっかり農地になっており、その痕跡はまったく残っていません。
当時の航空写真との対比で2~3か所のポイントは特定できましたが、やはり西千浜までは何も残っていませんでした。
さあ、いよいよ西千浜駅です。
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こちらが西千浜駅跡です。とはいっても駅名標があるところは駅跡ではなく、その奥の切り通しの部分が駅跡です。当時の県道はその東側(写真の左側)の奥を通っていまして(左側の建物のところ)駅は現県道上と右側の草むら部分にありました。手前の川に掛っていたガーター橋は小学生のころまで残っていましたから、右の草むら部分が確実に線路跡になります。そして草むらの中を探ってみると少し盛り上がっている部分がありました。ひょっとしてホームが埋まっているのでは?夢だけは広がってきました。(いつか掘ってやる~)
さらに昔の資料を見ると交換施設や側線もあったようですね。末期には無かったようですが。

さあ、次に向かうのは千浜駅跡です。ここからは都合により車で移動です。
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現在の国道150号線は軽便の跡地をそのまま利用されていると言われていますが、実は菊川橋梁付近は微妙に異なっており、軽便は国道よりも北側を通っていました。
千浜駅はこの駅名標の位置が駅前通りになっています。そして駅構内は写真手前側に広がっていました。当時は遠州灘一帯は海水浴場として栄えており(今では遊泳禁止です)夏は多くのお客さんが菊川河口の海水浴場に訪れていました。この西側(堤防近く)には臨時停車場も開設されていたようです。

今回の廃線跡探訪はここまでですが、せっかくですから射場にも寄っていくことにしました。シゲさんも昨夏に行かれた場所です。
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今でもいくつかの施設が倉庫などに残っています。これは雷管の試験場の観測所です。
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砲台も3か所残っており、施設の規模を物語っています。
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トンネルも砂丘の中に残っており、以前は軌道の跡も残っていました。実は南大坂駅から専用線が伸びており、多くの物資が軽便経由で運ばれたそうです。
トンネル自体は大分劣化が進んでおり、鉄筋の腐食による表層の剥離が多く見られます。
早い時期に戦跡としての保存措置をお願いしたいです。(ね、教育委員会さん♪)
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発令所の観測窓に歴史の重みを感じます。後に世のために、その意義を伝えるためにもこのような施設を市は活用できないものでしょうか。(すでに払い下げられて年月が経っていますから大変でしょうけれども・・・)

帰りはやはり掛川市(旧大須賀町)の歴史民俗資料館にも寄ってきました。ここにも軽便の資料があるんですよ。
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場所は旧大須賀町の大渕小学校の隣です。昨夏に行われた軽便展にて展示されていた新横須賀駅の駅名標はここの収蔵品でした。
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ここの資料館ですが、一見無造作に置かれているだけですが、意外なものが結構収蔵されています。
一度皆さんも足を運ばれては如何ですか?

さて、今回の軽便探索も多くの収穫を得ることができました。やはりいろいろ案内していただいた阿形先生のおかげでした。どうもお世話になりました。
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by kitoudenki | 2009-04-29 00:01 | 鉄・駿遠線 | Comments(4)

春うらら、軽便ウォークに行ってきました・その3

さて、野賀を出たところで河川改修と道路の新設、改修によって廃線跡は一時消滅してしまいます。
まあ約100mくらいですけど。
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その後は茶畑の中を一時的に復活します。
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茶畑では一番茶の収穫真っ盛りです。一番茶は新芽を手摘みで行いますので正に人海戦術です。
ここの道は廃線跡の状態がはっきりと読み取れます。
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茶畑を過ぎると様子が一変!廃線跡を拡幅した新設道路に廃線跡は飲み込まれてしまいます。
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広い快適な道ですが、果たして線路跡はどの部分なんでしょう?一番山側の歩道部分だと思うのですが、道路の線形(曲率)によっては確証は持てません。
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しばらく行くと谷口駅に到着します。ここからは、観光協会が設置した駅名標が各所に設置されていきます。(正確な位置のものばかりではないですけど・・・・)
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谷口駅の駅名標です。裏側には駅の説明板も設置されています。
当初は表側だけだったのですが、後に阿形先生が説明板を設置されたそうです。
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谷口駅を出て少し進むとそこはもう南大坂駅です。駅の構内はさほど広くはなかったのですが、この地区の中心にある交通の要所でした。国鉄の掛川駅からのバスも、当時はほとんどがここの南大坂行きでした。戦時中はここから専用線が出ており、この南側にあった軍施設を(後述)結んでいました。
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南大坂駅前の情景です。この奥が国道150号線で(当時の)そこまで多くの商店が並んでおり、路線バスも駅前まで入ってきていました。今でも当時のにぎわいが伺い知れる建物も残っています。
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南大坂駅の駅名標です。当時の駅舎があった部分に立っています。駅舎のあった部分は今でも舗装されずに更地のままになっています。
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南大坂駅の東側には主要県道掛川―大坂線の踏切があり、そこには踏切番の小屋があり、遮断機の操作をしていたのを覚えています。(あれは幼稚園の頃だったかな~)
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現在の静岡銀行大東支店のある交差点までは廃線跡をトレースしていますが、そこから東側の新設道路は廃線跡とは関係ないルートをたどっています。従いまして、交差点から400mくらいは完全に廃線跡が消滅しています。
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さあ、お待たせしました‼廃線跡復活です。それもとてもいい感じで復活です♪
でもこのいい感じの区間はほんの50mくらいなんですよ。
この道をほぼ真っすぐ行くと新三俣駅に到着となります。
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廃線跡をまっすぐ進んで道路を渡ったところ(当時の踏切)が新三俣駅です。
廃線後の用地は分譲されてしまい、今では住宅がたくさん建っています。それでも良く観察して見ると北側の境ははっきりと特定できました。南側については住宅が立ち並んでおり、特定は不可能でした。(不審者に見られてもいけませんしね)
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これが北側の境に残っていた境界杭です。当時は駐泊施設、留置線、駅舎にも乗務員の宿泊施設があったそうでとても大きい駅だったそうです。
その駅跡地がバスターミナルではなく売却されてしまったというのは、街道から奥に入っていたこと、役場が街道沿いに移転し代行バスのルートと車庫の関係からでしょうか?
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敷地内の空き地には駅名標が立っていました。さすがに住宅地だけあって、奥まった所にひっそりと立っていました。


さあ、次は一番痕跡のない部分、西千浜を目指して進みますよ~
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by kitoudenki | 2009-04-26 22:40 | 鉄・駿遠線 | Comments(3)

小松界隈

先日の新聞に小松製作所(あの世界のコマツですよ)の小松工場(創業工場だそうです)が閉鎖されるという記事を目にしました。
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この世界的な不況のために、輸出製品の減少がかなり影響しているそうです。
小松駅界隈も尾小屋鉄道、北陸鉄道小松線・小松製作所と消えてしまいさみしくなりますね。
せっかく駅も高架になり町並みも整備されてきたのに・・・・・・・

写真は小松製作所と地上時代の小松駅、そして今は亡き北陸鉄道小松線です。
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by kitoudenki | 2009-04-25 23:51 | 日々の出来事 | Comments(4)

マキちゃん久しぶり~

いまTVを見ていたら、先日復活したリンドバーグが出演していました。
久しぶりにマキちゃんのボーカルを聴いたけど、相変わらずパワフルですね。
♪今すぐKISS ME WOO・・・・・
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by kitoudenki | 2009-04-25 00:16 | 日々の出来事 | Comments(3)

春うらら、軽便ウォークに行ってきました・その2

さあ、前回藪に進路をふさがれて立ち往生‼
さあ、どうしましょう。
城東電軌「阿形さ~ん、どうしましょう?」
阿形先生「ふふふふ、お任せしますよ。」
と言う訳で藪の中に意を決して突入です。
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ところが意外と藪の中は通りやすく、藪漕ぎは30m位でそれ以外は下草も短くいい雰囲気の廃線跡が姿を現しました。(ああ、4駆に乗ってた頃は藪漕ぎも楽しかったっけ・・・・)このシーンはちょっと感動的です。
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途中の法面には石垣が残っており、これまた珍しい光景でした。農道のまま残っていたのが良かったのですね。
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途中には境界杭も所々姿を見せていました。時節柄タケノコもひょこひょこと頭を出していました。
しばしいい雰囲気を味わっていると、野中に近づくに従って再び藪が深くなってきました。おまけに線形も妙におかしくなってきました。
現道に合流するとそこは野中駅の跡何ですが、何か不自然です。
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ちょうど地元の方が見えたので、位置関係をお聞きしてみると野中駅は工場の造成によって工場敷地内に飲み込まれてしまっているとの事でした。道理で線形がおかしかったはずです。
ここでエピソードをお一つ。
まだ軽便があったころ、夜間留置してあった客車が、車輪止めの設置忘れから大須賀方面に転がしだし、河原町辺りま下り勾配を走って行ってしまったことがあったそうです。最近あった名松線みたいですね。
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駅跡には以前阿形先生が設置された『けいべんみち』の看板がありました。
こういう地道な活動が郷土の歴史を後世に残しているのですね。
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野中を出た軽便は東大谷川を渡り築堤を下ってきます。この辺りは近年道路整備が行われ、橋梁の架け替え、(それまでは軽便のプレートガーター橋が使用されていました。)や道路の拡幅が行われてしまいました。
道路の拡幅整備区間もやく300mくらいでしょうか、そこを過ぎるとまた道幅は狭まり(ところどころ舗装区間はあります)再びいい雰囲気の線路跡が姿を現します。
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途中の森の中には小さなお宮があり、その鳥居の前を軽便は横切っていました。現役時代にはさぞや素敵な風景だったのでしょうね。
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そのお宮さんの近くには、常滑焼の土管を使った暗渠が残っていました。もちろん当時のものですよ。
工法や雰囲気と言い当時の情景をよく残しています。
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森を抜けると茶畑の広がる斜面に出ます。ちょうど1番茶の季節です。新芽の緑が鮮やかです。
この辺りも当時の情景をよく残しています。
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ふと視線を右に向けるとそこには遠目に遠州灘の海が見渡せました。
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茶畑や森の小径を楽しんだ後はいよいよ野賀駅に到着です。
野賀はいまでは住宅が立ち並ぶ中にあり、少々わかりにくい場所ではあります。
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末期の駅では交換設備も撤去されておりましたが、地元の方のお話では最盛期には交換設備もあり、倉庫も建ち並んでいたそうです。
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ただ当時の面影はもうありませんでした。
ちなみに阿形先生に教えていただいたのですが、当時の大須賀と大坂を結ぶ街道は、線路沿いの改修拡幅されている道がそうだそうです。その後旧国道150号線が開通し、主要道はそちらに移る形になったそうです。
さて、次回はここから谷口に向かいます。
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by kitoudenki | 2009-04-25 00:10 | 鉄・駿遠線 | Comments(2)

春うらら、軽便ウォークに行ってきました

先日の日曜日、前回の袋井―横須賀間に引き続いて、横須賀―西千浜間阿形先生とを歩いてきました
。スタート地点は前回の終点、新横須賀―河原町間のピアのところです。
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前回は雨でしたので、今回はピアの上面に残るボルト跡とガーター跡を観察です。
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ボルト周りにはガーターが乗っていた跡がくっきり残っています。
ここの橋梁の下は沖の須へ通じる道でしたが、大変狭くこの東側に新道が開通しリヤカーなどはそちらの道を通ったそうです。
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この橋梁を過ぎると軽便は築堤を下りて河原町へと向かいます。
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ここが沖の須へ向かう新道の踏切跡です。今でも道の線形がはっきりわかります。
当時は田んぼの中でしたが、今では住宅街の造成地の中で、教えてもらわれなければわかりませんでした。
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踏切から東を向くとそこには河原町駅がありました。ちょうど南からくる旧道の踏切があったところです。
線路敷はちょうど歩道の部分をトレースしていて、車道部分は後の拡幅部分になります。
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河原町を出た軽便は、大きく右へカーブし、再び左へカーブして県道との交差点へと向かいます。この辺りから緩やかな上り勾配となります。
おや?左側に見える橋梁に何か見えますよ!
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おお、歩道部分に当時のガーターがそのまま残っていますよ!
今回の探索で唯一残っていた当時の橋梁です。では下に潜って観察してみましょう。
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ピアはコンクリートですが、ガーターは一部リベット接合で、状態は悪くなさそうです。
さあ、それでは次に向かいましょう。
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線路敷はきれいに舗装された道路となってゆるやかに連続した勾配を登っていきます。
それにしても今日はいい陽気です。Tシャツ1枚でもいいくらいの陽気ですね。
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整備された道を歩いて行くと、突然道は藪へと変化していきました。
さて、どうしたものか!はたしてここは進めるのか‼もったいぶりながら本日はここまでといたしましょう。
それでは次回に乞うご期待‼(え、あんまり期待してない?そんなこと言わないで・・・・・・・)
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by kitoudenki | 2009-04-22 22:58 | 鉄・駿遠線 | Comments(4)

ロールケーキ

今日のデザートは卯屋(うさぎや)のロールケーキでした。
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掛川にある洋菓子屋さんです。
お味は卵たっぷりでコクがあって柔らかすぎ位しっとりとした生地でした。
おいしかったですよ。
でもやっぱり冨久屋のロールケーキのほうが好きだな♪
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by kitoudenki | 2009-04-19 20:03 | 食べ物 | Comments(4)

川越線

東北新幹線が開業したころ、大宮から出ている川越線はまだ非電化で、キハ30系が結構な本数が運行されていました。そのため数年後には電化されて、直通運転もされるようになったのは皆さんもご存じのことかと思います。
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大宮駅を行く川越線DC列車です。結構な乗車率です。

川越線の魅力と言うと、長大な荒川橋梁と都市圏近郊にあって田園地帯を行く風景が楽しめたことでしょうか。
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おや、よく見ると900番台ステンレス試作車ですよ♪
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荒川橋梁はプレートガーターが連なり、一部にトラスがかかる雄大な風景が楽しめます。このガーターには[鉄道省]の銘版がついていました。
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橋梁に上がる築堤部分はこんな感じで皆さんよく撮影された場所ではないでしょうか?

それでは駅の様子です。
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指扇駅の様子です。
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単線でしたから交換可能駅が多くあったのも川越線の特徴でした。待たずに撮影できる、なかなか効率のいい路線でした。
電化されてからは訪問したことが無いんですが、ずいぶん周りの景色も変わっているんだろうな・・・・・
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by kitoudenki | 2009-04-18 23:18 | | Comments(8)

コークハイ

今日の帰宅時、車の中で山崎まさよしのCDを聞いていました。
その中で『コークハイ…』のフレーズが出てきて、若いころをふと思い出してしまいました。
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自分たちがアルコールを飲み始めた〇△才頃は結構コークハイが流行っていて、スナックなど若い人たちが行くところにはどこにもありました。あ、コークハイって言うのはコーラとウイスキーを合わせたカクテルなんですよ。(まあ、こんなのはカクテルじゃない!と言われそうですけど)
最近はほとんど見ませんね。今で言うカルピス割りとか焼酎を甘いもので割るのと同じ感覚だったのかな?
でも当時は結構カッコイイ感じの飲み物だったんですよ。
それに怪しい肉(マトンだったのかな~、なんたって安かったから)のペッパーステーキなんかをつまみによく盛り上がっていました。

さすがに今では、たまにカクテルの置いてあるような店に行っても、ジンライムをオーダーするくらいです。
最もメニューを眺めるようなこともしませんしね。(ちょっと粋を気取りたいですから)

そういえばあの頃はよくFMを聞いていました。今でも車の中ではCDとFMを半分くらいの割合で聞いていますが、当時よく聞いていたのが佐野元春のサウンドストリートです。そして大貫妙子や吉田美奈子なんかも良く聞いていました。エアチェックなんかも良くしましたよ。あの頃のFMは音楽とトークが被ることはありませんでしたから。今とは違いましたね。
その佐野元春と大貫妙子がNHK-FMに帰ってきたみたいですね。
なんだかうれしいな~

今回のテーマは青春フォーエバーでした。
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by kitoudenki | 2009-04-17 23:30 | 食べ物 | Comments(4)