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カテゴリ:鉄( 229 )

海津のKATO

先日の事、仕事で岐阜まで行ったついでに海津のKATOを久しぶりに訪ねてみました。
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アクリルが大分曇ってはいますが、しっかりと管理はされているようで一安心しました。
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箱トロが少し痛んできたようですね。

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軌匡は錆も無くペイントもちゃんとされているようです。
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想えばこの機関車たちと出合ったのは、30年前に就職し配属になったばかりの事業所の近くの重機屋の土場でした。
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聞けば別の土建屋から機材として預かっているとの事。後日件の土建屋で確認すると、県からの預かり物の機材だからウチで保管してるのだと聞きました。
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キャビンこそ傷んではいましたが、エンジンは油も切れてはおらず、今でも十分稼働状態にあると仰っていました。(保管していたのが重機整備ですから)
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移動はバックホーで吊ってセルフに乗せれば十分運べる大きさとの事。
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見ていて飽きないミニロコでした。

辺りの土建屋の土場には箱トロの廃車体もよく見かけました。
あまり良く見かけたので、当時は何も写真は撮っていませんでした。今思えばもったいない・・・・・・
後悔しきりです。

その代わり、こんなモノを撮ってありました。
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軌匡の山です。このような軌匡を使い、南濃の湿地帯の土地改良を行っていたのでしょう。
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その一部が今でも海津のKATOの展示に使われています。
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by kitoudenki | 2015-01-19 18:32 | | Comments(2)

三河田原、その先にあるものは

豊橋鉄道渥美線。JR豊橋駅を起点とし、渥美半島の中間に位置する三河田原に至る路線です。
そんな渥美線には昭和19年に休止(昭和29年廃止)になった区間が有り、昭和57年ころのある冬の日に、廃止区間である三河田原から黒川原の間を歩いた事が有りました。
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その頃の豊鉄は雑多な電車が寄り集まっており、乗っても撮っても楽しい路線でした。
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小野田セメントの貨物輸送も有り、電機も数多く在籍しておりました。
そんな渥美線の終着駅である三河田原には、駅の端から左にカーブをしながら工場の脇を抜ける線路敷きが確認出来ました。
それを辿ってゆくと視界が開け、橋の撤去された川が目の前に現れました。
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仕方が無いので遠回りをし再び線路敷きに戻ると、そこには石垣で固められた切り通りの砂利道がまっすぐに続いていました。
線路を敷けば、そのまま復活できるような雰囲気の道でした。
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加治駅辺りまで来たでしょうか。付近には人気もなく、駅跡の場所も確認できませんでしたが、景色は大分開けてきました。
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歩を進めてゆくと、畑の中に突然広場と新しい道が姿を現しました。
近くにいた農作業をしていた方に伺うと、ここが黒河原駅で最近までホームも残っていたという事でした。
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実はここから先の福江までは未成線で、路盤までは出来上がっていたのですが、結局はレールが敷設される事は無かったとか。
そして現在この未成線跡は、バイパスに転用され、自然に帰り、生活道路になり、農地に戻り・・・・・・それぞれのその後を全うしているようです。

冬の日に、あの頃歩いた思い出を記してみました。
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by kitoudenki | 2015-01-18 22:41 | | Comments(0)

大雄山線発大場ゆき

伊豆箱根鉄道大雄山線。
こちらの車輛の全検は、施設の関係も有り、駿豆線の大場車庫で行われています。
そのため定期的にJRを挟んだ車輛輸送が行われている事は、一つの名物として知られています。
そんなある日、大場ゆきの回送が有ると言うお誘いを頂き、カメラ片手に冬の伊豆箱根沿線を訪ねてみました。
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大雄山に到着すると既に編成は出来上がっており、構内の転線に掛ろうとしている所でした。
釣り掛けモーターを唸らせ目の前を通過するコデ。久しぶりに聞くサウンドです。
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転線も終わり出発を待つ編成を撮影後、途中駅に先回りするためホームへと急ぎます。
ホームで回送車の車内を見ると、ブレーキ弁とエアータンクがセットしてありました。
無動力のトレーラーとなる訳ですから、やはり自動ブレーキ管が別途必要になってくるわけですね。
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先行する電車で相模沼田へとやってきました。
こちらの駅は木柱の架線柱も残る駅で、雰囲気も悪くありません。
程なくコデの牽く回送列車がやってきました。
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ゆらゆらと、ゆっくりと目の前を通過してゆきます。
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さあ、それでは小田原に向かいましょう。
小田原では珍しい電車が来たと、多くの乗降客が携帯のカメラでコデを撮影していました。
鉄でなくともこういうものには皆さん興味が御有りの様ですね。
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2番線にコデ、1番線に後着の定期電車が到着した後、いよいよ入れ替えが始まりました。
自連アダプターを装着した1番線の電車が一度バックし、2番線のコデを切り離した回送電車を牽き出します。
この時何と6両編成♪
(因みに回送電車は、両端とも自連に換装されています。)
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そしてJRとの連絡線に回送電車を押し込んでゆきます。
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保守境界辺りで一度停止し、JR側の受け取りを待ちます。
JR側では控え車にコキを連結したPFがスタンバイ中です。
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準備が整うと、PFがバックし、コキと回送列車が連結しJR側へと牽き出されてゆきました。
こうして三島までJR線上を回送されてゆくのです。
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さあ、今度は大場車庫へEDの出場を見に行きましょう。
大場へは函南からバスで向かいます。
大場では到着とほぼ同時くらいにEDが工場から出てきました。(ナイスタイミング!)
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大場の側線で待機の後、三島へと向かってゆきました。
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三島ではクロッシングを渡り、JR側のホームまで回送電車を受け取りに入ります。
レールの軋み、クロッシングを渡る音、モーター音、どれも痺れる音ですね。
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それではもう一度大場に戻りましょう。
大場手前のお立ち台には、既に多くの方がスタンバイ中の様子。
私はおとなしく駅撮りとしました。(歩くのがもう疲れた)
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やがてEDに牽かれた列車がやってきました。
凸電が牽引して走る姿を見るのも久しぶり。
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交換列車を待って、いよいよ推進で入場です。
推進運転で後方の安全確認のため、全車両に職員の方が乗り手旗の合図を出します。
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そして踏切を渡り車庫へと入ってゆきました。
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こうして大雄山発大場行き回送列車は無事目的地へと到着したのでした。
良い物を見させていただきました。
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by kitoudenki | 2015-01-13 18:41 | | Comments(0)

国鉄だった風景

北陸新幹線の金沢開業まであとどのくらいでしょう?
言い換えれば最後に残った在来の国鉄急行型の命脈も、そして北陸線、信越線の(更なる)分断へのカウントダウンでもある訳です。
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直流急行型にはいろいろ思い出もあるけれど、今はもう味わう事が出来ません。
せめて475にその思いを託し、この冬も北陸へ行ってみたいと思います。
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最後の牙城になるであろう富山近辺、最後の冬はどんな景色を見せてくれるのでしょう。
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こんなテーブルのついたクロスシートで、弁当とビールを味わいたい。
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車窓の景色は立山か、はたまた親知らずか・・・・・
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ステップとデッキの組み合わせ、そしてローズピンク・・・・・・(涙)
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夕日に照らされたシーンなんか見たら、写真どころじゃないかもしれません。


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冬の北陸路、18きっぷで乗れるのも最後になりますね。
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by kitoudenki | 2014-11-26 17:20 | | Comments(0)

遠鉄キハ1803プロジェクト最終編・皆様ありがとうございました

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えにゃーる : ささ、曳馬野についたわよ。乗り換えるわよ。
にゃにゃー : 忘れ物ない?お子様ランチの松菱の旗は持ってる?
にゃー : 松菱まんじゅう。
曳馬野で乗り換えたキハ1803はエンジン音も騒がしく、三方が原を走って行きます。
いつしかネコも夢心地・・・・・
ごととんごととん・・・・
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尾鉄通信 : あの~、君たち何やってるんですか?
ねこたち : あっ、奥山線ごっこ。気にしないでスルーして。
尾鉄通信 : 係り員以外まだ立入っちゃ駄目です!
ねこたち : きゃ~

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先般よりご案内してまいりました遠鉄キハ1803復活プロジェクト、なかよし鉄道で走らせよう計画が、いよいよこの9月14日で最終日を迎えることができました。
キハの外観、内装復元からなかよし鉄道への移動。8月24日から9月14日までの運行。そして尾小屋への返却輸送。
無事に終えることができました事を此処にご報告をさせていただきます。
(詳しくは会の公式HPご覧ください)
このプロジェクトの成功にあたり、多くのファンの皆様のご協力があったことをご報告するとともに、改めて御礼を申し上げます。
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さて、私はと云えば、運行最終週の13.14日にやっと現地に行くことができました。
車庫前に佇む奥山線仕様のキハ1803はそれはそれは凛々しく見え、山の上で見る姿とはまた違う躍動感を覚えました。
なかよしの森を走る姿、踏切辺りの松林を抜ける姿。
いずれも三方が原辺りや田畑のシーンを彷彿させるには十分なロケーションです。
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エンジンから白煙を吐き、ギアを上げ、森を駆け抜けるジョイント音は本当に時を忘れさせてくれます。
この週末は運行最終週ということもあり、沿線には多くのファンのみなさんも御出でになりました。又、子供たちも多く乗車するだろうということもあり、懐かしのDTD編成(動車+客車+動車)という昔の私鉄ではよく見られた編成を再現することになりました。
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タイフォンを前後のキハがそれぞれ鳴らし、タイミング良くスタート。
決してカプラーを引っ張り合うこともなく、完璧な連結運転が再現されました。
撮影に訪れた皆さんも、この運転には嬉しい驚きではなかったでしょうか。
最終運行列車では、簡単な式典が行われました。
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出発前にホームでは守る会会長のあいさつ。
そして遠州鉄道奥山線の万歳三唱。
車内ではなかよしの森での折り返し時に、尾小屋鉄道万歳三唱が行われました。
こうして最終列車はホームへと滑りこみ、キハ1803のなかよし鉄道での運行は終了しました。
計画に携わった皆さま、ほんとうにお疲れさまでした。良い夢を見させていただきました。
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明けて翌日、キハ1803を尾小屋へと返却する作業が行われました。
踏切横に80tラフターが据えられ、踏切まで自走したキハはトレーラーに積み込まれてゆきます。
トレーラーに積まれたキハの姿を見ると、かつて元城工場から尾小屋へと嫁いで来た時のシーンがどのようであったのか、想像を掻き立てられる思いがします。
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トレーラーに積まれたキハはやがて尾小屋の廃線跡に沿って山へと戻って行きました。
かつて通いなれた景色を眺めながら・・・・・
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尾小屋では2台のラフターに吊られて、手慣れた作業で無事元の展示線へと戻り、一連の作業は終了となりました。
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by kitoudenki | 2014-09-17 20:37 | | Comments(15)

森の中に

遠鉄奥山線。
三方が原から金指に下る途中にある小さな駅。現役時代には誰も乗降しなかった小さな駅。
しかし、その風情が多くの人を惹きつけてやまない駅であったといいます。
そんな駅の場所は今どうなっているのだろう?
思いに駆られて現地を訪ねたのは、日差しが強い5月の晴れた日のことでした。

谷に向かう前に、岡地駅跡を訪問します。
天浜線の線路傍には黄色い花が咲き誇り。
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その横には、奥山線の道床跡と岡地駅のホームが白っぽい埃をかぶっていました。
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谷駅付近から下り方向に向かうと、かつての谷間の農地は住宅団地へと姿を変えています。
軌道敷きは遊歩道として整備されたこともあったのですが、現在は手入れもされることも無く荒れたままになっています。
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辛うじて散策できる区間もありましたので、そこを谷駅に向かい歩いてみました。
やがて路肩に電柱の痕跡が。

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しばらく歩くと水音も聞こえてきました。築堤の下を暗渠で水路が潜っているようです。
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この先はいよいよ藪が深くなり進行を断念。現道に戻り谷駅の位置に向かいます。
谷駅前にあった有名な水車小屋は、今や変電所の敷地に飲み込まれています。
そして谷駅があったのは、この高圧鉄塔の辺りだと思われます。
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変電所造成の際に、地形は大きく変わってしまいましたが、左奥には旧道が残っており辛うじて昔をしのぶこともできました。
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高圧鉄塔の背面には、三方が原から下りてくる旧道があるはずです。
しかしそれも今や廃道で、原の上は土建屋の土場となり、下りてくる道も高圧鉄塔の建設で削り取られてしまっているようです。
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今こうして旧道から線路敷き跡を見ていると、遠くの森にあずき色の車体が見えたような気がしてなりませんでした。


追記 : 記事中、橋梁の位置を間違えておりましたので訂正いたしました。暗渠部分は鉄道時代から暗渠だったようです。
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by kitoudenki | 2014-05-30 22:54 | | Comments(0)

鉄学の道に参加して

去る日曜日、藤枝市郷土博物館で開催中の企画展、『新幹線を生んだまち藤枝』に関連するイベントで、藤枝鉄道遺産巡りというガイドウォークに参加してまいりました。
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題して『鉄学の道』。案内をしてくださるのはNPO法人 SACLABOの山内さん。
藤枝おんぱくの一環のイベントでもあるようです。
郷土博物館で集合した一行は、車内で手渡されたリーフレットを基にして、目的地に着くまでの間に今回のツアーについて解説を受けました。
曰く、新幹線技術を確立する基礎データを採取するため、金谷―藤枝間において行われた高速度試験であるが、151系、クモヤ93共にレコード地点は共に藤枝である。
そして、第3線として建設された試験線もここ藤枝であること。
藤枝の町こそが現在の新幹線技術のふるさとである、要約するとそんなところでしょうか?
こちらのブログにいらっしゃるみなさんでしたら、そこら辺の事はよくご存知かと思いますので、あまり細かく突っ込まないでくださいね。
さあ、バスは旧東海道を走り一里塚までやってまいりました。
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この辺りは以前は何もない処で、車窓からは延々と並走する東海道の松並木が眺められましたが、今では住宅も立て込んできました。
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現在の一里山踏切はご覧のように2線しかありませんが、昭和57年ころまでは3線共に残っていました。
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現在の上り線が第3線と言われた試験線で、路盤構造も数種類に分けて作られているそうです。有名なところではPC枕木の実用試験、コンパウンドカテナリーの採用試験なども鴨宮に向けてこちらで試験を行っています。
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なによりも、この区間でクモヤ93による当時の狭軌最高速度175km/hが記録されたのです。(昭和35年)
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今はのんびりとしたこの踏切ですが、かつては国内最高水準の技術が集結した場所でもあったわけです。
そんなノスタルジーに浸る一行の横を、ローカル211はのんびりと走ってゆきます。


お次は151系電車による最高速度地点、瀬戸踏切へとバスに乗って移動します。
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瀬戸踏切に立つ202kmキロポスト。
この地点で151系による当時のスピードレコード、163km/hが昭和34年に記録されました。当時の動画を見ると、砂塵を巻き上げて疾走すこだま型ボンネットがとても眩しく見えます。
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実はこの島田―藤枝間の試験線なのですが、試験地に選ばれた理由が直線であるというだけではないのです。それ以外に、上り方向に向かってなだらかな下り坂であるということ、本社や総研に行くのに、交通の便が比較的良いこと(関東に近いく優等列車が止まる駅が近い)と云うこともあったそうです。
お次は藤枝駅に場所を移します。
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すっかりきれいになった藤枝駅では、今度は1番線にある油庫を見学します。
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改札を入るとそこには新幹線開業50周年のポスターが。もうそんなに経つんだね。
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ホームに降りる階段からは、今では面影もない静鉄新藤枝駅跡が・・・
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ホームでは、今では珍しいレンガつくり建物を皆さん心行くまで堪能していました。
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明治22年、東海道線開業時の建物です。管内においては一番古いとされていますが、意地悪く言えば先般エントリーしました菊川駅の給水塔のなれの果ても東海道線開業時(明治22年)のものらしいですから、姿を変えてはいるけど価値としては・・・・・
(モルタルをはがせば下はレンガだよ~)
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油庫を堪能した後は、駅西にある地下道を見学です。
かつてはどの駅もそうでしたが貨物扱いが盛んで、ここ藤枝においても構内を横断する踏切を長時間止めてしまう貨物が日常でした。
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そしてそのための事故も少なからずあり、そのために地下道へと改築したと地元の方が解説をしてくださいました。
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小さな地下道ですが、その役割は大きかったのでしょうね。


最後は藤枝と云えば必ずこちら、駿遠線。
大手線の国1ガードから藤枝本町までの間を全員で歩きました。
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途中の駐車場にはレールで作った柵を発見。フランジが妙に薄そう。
輸入レール?
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刻印は見当たらなかったんで、ペンキに隠れているかもしれません。
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藤枝本町駅もだいぶくたびれてきましたね。
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ここで一通りの見学は終了。バスで博物館へと戻り、展示を自由見学となり解散となりました。
それでは展示を見てみましょう。
最近ちょっとこちらではブームなのでしょうか、記念撮影用のモックアップがロビーでお出迎えです。相変わらず良い色です。
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肝心の展示はと云うと・・・・
なんだかグッズの展示ばかりで、肝心の試験線や走行試験など、『新幹線を生んだまち…』というテーマの割に掘り下げが浅い気がします。
スピードだけでなく、それに関係した試験線から始まった技術を解説し、今の新幹線のどこに使われているとか・・・・
総研の資料を展示してあるのだから、その中身をコピーして解説してもいいし・・・・
メインテーマに関する展示が弱い気がします。

本物のこだまのヘッドサイン、20系時代の車番が展示してあったのには驚いた。よく鉄博が貸してくれたもんだな、と。

外には電動ライブの立山重工が。
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帰りは色々寄り道を。
あんな所やこんなとこ。
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人車やら構外測線、そして大阪セメント、近鉄、南海、京阪のそろい踏み。(京阪見える?)
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締めはこちら、堀之内軌道の佐栗谷トンネル。
先日清掃、調査が行われたとの事、夏草が茂る前にのぞいてみました。
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よく見ると中間部の素掘りの部分が確認できます。
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入口付近の腰に謎の文字が・・・・
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新緑の緑とレンガの赤と初夏の日差しの陰影が、古の道にコントラストを為していました。
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by kitoudenki | 2014-05-13 18:19 | | Comments(4)

遠鉄キハ1803プロジェクト・いよいよ実を結ぶ

ざ~~~~
ちょっと爽やかとはいきませんが、それなりに過ごしやすいこの時期の12ケ滝。
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朝の空気の中にコイも静かに揺れていました。

えにゃーる : ごはんだ
城東電軌 : がんばっても届きません
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以前から記事にしてまいりました遠鉄キハ1803復元プロジェクトですが、いよいよ作業も佳境に差し掛かってまいりました。
そんな訳でこの連休前半は尾小屋の地へと赴いてまいりました。

現地での作業進捗は主だった修復は完了しており、今日は室内塗装とサボの製作が主な仕事となります

えにゃーる : ようかん・・・・・・
にゃー : チョコレート・・・・・
にゃにゃー : ザッハートルテ・・・・・
尾鉄通信 : おまえら!
3匹 : きゃ~
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主だったマスキングは済まされていますから、シート周りの片づけとマスクをして塗装の準備を整えます。
尾小屋時代は一面クリーム色でしたが、果たして遠鉄時代の塗装はどのように?
仕上がりがとても楽しみです。
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塗装班が作業を行っている間、私は正面行き先幕の文字マスキングです。
コピーした文字をマスキングテープの上に置いて、それを切り取っていくのですが、これがとても難しい。
尾鉄通信さんはスイスイと進めていくけど、あたしゃちっとも進みません。

えにゃーる : しょーがないな~、ちょっと代わってあげる。
城東電軌 : よし、後は任せた。
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えにゃーる : う~、やっぱやめた!

こーゆー仕事はねこにやらせるもんじゃありません。
さあ、いよいよ塗装が完成したようです。
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おお、素晴らしい。
尾鉄時代の塗装の下から出てきた塗装を参考に再現していますが、これは本当に美しいと思います。
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後は少々の小物の取り付けが残りますが、一連の復元作業はこれにて完了となります。
三方原の、そして奥山へ詣でる人たちを運んだ軽便の姿が今目の前に・・・・・
しばし時と冷たい雨を忘れて見入ってしまいました。

ごとんごとんごとん・・・・・・

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三方が原を駆け抜ける奥山線のキハ1803。
曳馬野で乗り換えなしの新浜松直通だ。

えにゃーる : 浜松動物園に行った後はどこ行こうか?
にゃー : 松菱の地下で松菱まんじゅうを焼く機械見てたい♪
にゃにゃー : まんじゅうも買う。それでゼリーの掬い放題もやる!
にゃー : あっ、大食堂でお子様ランチも。
えにゃーる : あんたたち、食べモノばっかりだねぇ~
車掌 : 次は元城~
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列車は広沢のトンネルを抜けて元城に滑り込んでゆきました。



皆さまにお願い

先般から記事にしておりますように、皆さまの御蔭をもちましてこのプロジェクトも形を整えつつあります。
しかし、9月のなかよし鉄道への運搬する基金がまだまだ足りない状況ではあります。
まだ日時はございますので、軽便を愛してやまない皆様のより一層のご協力を願えればと存じます。
詳しくはこちらを(→)尾鉄通信ご参照ください。
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by kitoudenki | 2014-05-02 15:23 | | Comments(2)

時彷徨いし森の静寂に

おや、あんた誰だい?

こんな処に人が来るなんて。

あれからどれだけ経ったんだろうな。

もう人の声なんて久しぶりに聞いたよ。

そうさの、前は随分騒がしくてな。大きな石を積んだ箱が、どどどどどと何遍も頭の上を踏んで行ったもんだったが、時々どどん、どどん、なんていう奴もいたな。

そのうち段々、頭の上を踏んでく奴も少なくなって、時々、どどん、どどん、てな奴が思い出したときにだけ通っていたな。

そして、雪の解ける頃には今度は誰も来なくなっていたよ。

あれからどれだけ経ったんだろうな。

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by kitoudenki | 2014-05-02 13:31 | | Comments(0)

菊川駅の油脂庫

東海道線の菊川駅。
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取り立てて特徴もない田舎の駅で、駅舎も昭和30年代に流行った民衆駅の造りを今に伝えています。
最近では珍しい部類かもしれませんね。
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ロングシートの各停しかやってこない長閑なホーム、人影もまばらです。
苔むしたホームのレンガがよく似合います。
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近年、駅北にあった当地にしては規模の大きい鋳物工場が閉鎖となり、その跡地が再開発されています。
いずれこの駅も橋上化されて表情を変えてしまうかもしれません
そんな菊川駅ですが、跨線橋の下にこんな形の油脂庫が建っています。
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ドア上がアーチになっており、両妻もカーブしている形態はとても珍しいのではと思います。

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背面にも低い位置にアーチがありますね。窓をふさいだ跡でしょうか?
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資産標には昭和32年と記されていますが、漆喰の下からレンガが覗いているところやアーチが御影石でありますから、もっと古いものではないでしょうか?
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昔はどんな屋根が乗っていたんでしょうね。

春の日の電車待ちのホームで、あれこれ想像を巡らせるのも楽しいものです。
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by kitoudenki | 2014-04-24 23:19 | | Comments(6)