城東電軌

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カテゴリ:色々( 28 )

西日の当たる線路沿いの銭湯

先日の事、関西線に行く機会があり、富田付近でDD51の貨物を撮影し楽しんでおりました。
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一通り楽しんだ後、何気に線路際に目を向けると何やら特徴的な建物がある事に気が付きました。
モルタル造りのファサートと高い煙突・・・・まさか!
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はやる気持ちを抑えて路地を急ぎます。この路地もなんだか魅力的な路地かも。
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目指す建物は路地を曲がった突き当りにありました。

おおっ、やっぱりそうだ!
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目指す建物は銭湯でした。それもなかなか味のある。
お湯の名前は冨喜湯と言います。
中はどうなっているのだろう。よく見るともう営業はしていないようです。
残念、できればひとっ風呂浴びていきたかった。
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営業はしていませんが、きちんと手入れはされている様子。
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こんな看板が場所柄を表していました。
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by kitoudenki | 2016-02-09 22:49 | 色々 | Comments(0)

丹生川の郵便局

三岐鉄道の駅もある丹生川ですが、村の中にこんな昔の郵便局が残っています。
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電話室は表からも中からも使えるように、両方にドアが付いています。
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裏側はこんな風。こじんまりとした造りが景観にマッチしています。
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通りの反対にはかつての村役場の石柱門が建っていました。アーチ飾りが残っています。
ここからほど近い湯の山温泉の橋にも、これと同じようなアーチ飾りがあったような気がします。
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by kitoudenki | 2016-02-08 22:20 | 色々 | Comments(0)

ああ、海軍大井航空隊

海軍大井航空隊。
先の大戦時、牧の原に昭和17年に開設された海軍の飛行場です。
戦後は接収前の茶畑へと開墾されましたが、いくつかの当時の地上設備は残されていました。
ところが、時代とともにそれらの施設も一つ減り二つ減り、遂には最後の一つとなった旧電探講堂も近々に撤去されてしまうということが伝えられてきました。
(電探講堂:電波探索の講義、実習を行う講堂)
冬のある日、そんな電探講堂を訪ねてみました。
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航空隊の資料を展示してあるコミュニティーセンター前を過ぎると、土に埋もれた高欄と広い敷地が目に飛び込んできます。そしてぽつんと立っている白い建物。
そう、そう、それが唯一残った地上設備の電探講堂なのです。
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近年まで農水省の施設として使用されていただけあって、管理はしっかりとされていました。
近所の方曰く、近いうちに見学会も行われるらしいとか。
今後この場所がどのように変わるのか、しばらく見守ってみたいです。

航空隊関連でもう一つ。
大井川鉄道の新金谷駅はずれの旧東海道との踏切ですが、変則交差点になっているのは皆さんご存知かと思います。
実はあれも航空隊の施設に関係があるのです。
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航空隊は牧の原という高台にあるため水源に事欠いています。そのために大井川から取水し、ポンプアップするための施設も一緒に整備したわけです。
その管路がこの道になるわけで、ポンプ場から牧の原まで一直に道が続いているのがわかります。
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道をたどると中継ポンプ室もありました。この建屋が当時の物かどうかは判りません。
戦後は県企業局が管理し、牧の原の農業用水として活用されているようです。
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近くには波マークに海の文字の用地杭。そうです、海軍の用地杭も残されて、これが航空隊の忘れ形見であることを物語っていました。
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by kitoudenki | 2015-12-10 10:24 | 色々 | Comments(0)

掛川散歩シリーズ・コレクション編

折に触れ記事にしてまいりました掛川散歩ですが、我が家のコレクションから賑やかだった頃の街中を忍んでみたいと思います。

イシバシヤの広告です。
今は掛川城が建っているあの場所も、以前は浄水タンクもあり、一帯が掛川公園として多くの人が集っていました。広告にもサーカスがやってくると書いてありますね。
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中村醤油です。
昔は造り醤油の蔵もあったのですね。どんな味だったのでしょうか?
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今では呉服屋さんも少なくなりましたが、あの頃は呉服屋さんもいろいろ店を構えていたのですね。
広告も多色刷りで景気がよさそうです。
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こちらは広告ではなく包装紙ですけど、一体何の包装でしょう???
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同じく包装紙ですけれど、こちらの『のばら』さんは、今でも店を構えていらっしゃいますね。
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掛川で唯一の百貨店だったヒラキ百貨店です。
(ユニーやジャスコは百貨店ではなく、大規模小売店舗、いわゆるスーパーですからね!)
私の小学校の頃に閉店してしまったのですが、3階のおもちゃ売り場に行く時はとてもうれしかった思い出があります。
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掛川一番の繁華街だった連尺通りのチラシです。
店構からして、アーケードが出来る前の古い町の頃のチラシですね。
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こちらは時代背景を色濃く映しているチラシです。
昭和29年3月といえば、ビキニ水爆実験。そして第5福竜丸が焼津に帰港し風評が広がった年なのです。
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掛川の映画館と言えば、以前にも書きましたが最後まで残ったのが掛川座でした。
自分が覚えているのは2館でしたが、いずれも普段は成人映画が掛っていて、年に何回か子供向けとかアイドルものとかが掛っていました。東映系の方が早く閉まってしまったんだよね・・・・(東映マンが祭りが楽しみだった)
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昔はどこの家にも毛糸の編み機があったものでした。
最近は本当に見かけないですね。商品としてまだ有るのかな?
未亡人会連合会というのも時代を映していますね。戦争未亡人の為の互助組織なのでしょうね。
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くじの景品がまた興味深いです。
座敷ぼうき、火鉢、バケツ・・・・・
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思えば、皆が今ほど豊かでなくても、町や生活がずいぶんと活気があった気がします。
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by kitoudenki | 2014-04-23 19:52 | 色々 | Comments(2)

セッシャー1・シーズン2

いよいよ始まりましたね~
セッシャー1・シーズン2

相変わらずグダグダというが、ゆるゆると言うか・・・・・

シーズン2になっても変わらないこのユルさが堪らんわぁ~

いや、前以上?
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by kitoudenki | 2013-07-06 19:22 | 色々 | Comments(0)

祝・報徳社本社建築群修復工事落成

先般来折りを見て記事にしてまいりました大日本報徳社の本社建築群ですが、さる5月に完成式典が無事執り行われ一連の工事が終了いたしました。
その際、無料一般公開が行われましたので、その時の様子をお伝えしたいと思います。
見学に行った日は快晴で絶好の見学日和。綺麗に整備された敷地内が以前と比べてとても広く感じます。
さあ、それでは行ってみましょう。
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仰徳記念館です。霞が関に有った元有栖川宮邸の日本館の一部でありました。
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縁側の板ガラスも綺麗ですね。
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廊下の床も綺麗にリノリウムが貼り直されています。(オリジナルは天然だったそうです)
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こちらの部屋は霞が関時代の様子を色濃く残している部屋だそうです。
暖炉はちゃんと煙突が付いていますよ。
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シャンデリアも綺麗に復元されています。これは以前の建物にも使用されていた物でしょうか。
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部屋の隅にはオルガンが
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大広間は霞が関時代には独立した3つの小部屋でした。
掛川に移築した時に大部屋としたそうですが、今回の修復に当たりオリジナルに戻す事も検討されたそうですが、元の壁を示す小壁が残っている事、移築前と移築後の変化両方が見比べれる事が有って、そのままの状態とされたそうです。
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裏側の廊下も見事に復活していました。造りが良いですね。
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お次は翼北学舎を見て見ましょう。
こちらは報徳社の祖と言われる、岡田良一(掛川は倉真の出身)の私塾として使われていた建物です。
元々は倉真の私邸に有った建物ですが、明治32年に報徳社本社敷地に移されてその施設として使われていた物でした。
それにしても良くぞ此処まで修復したものだと思います。
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小さな家に似つかない2か所の大きな玄関。大勢の門下生を受け入れた証でしょうか。
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2階からは講堂と仰徳記念館、そして図書館が一望できます。
見学の方もだいぶ増えてきたようですね。
この正面に旧の事務所が有ったんですよね。
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2階は2間続きで、床の間も有ります。
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仰徳学寮は以前にもお伝えしていますので、さらっと・・・
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元はこちらも霞が関にりました有栖川宮邸の一部で、侍女部屋で有ったと言う事です。
現在は事務室、社長室、会議室などが置かれております。
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内部はやはり作りはしっかりとしており、造形はシンプルながら美しいと思います。
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特にこの階段の、2階から中二階の踊り場辺りが良い感じです。(個人的に)
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此処まで来たので大講堂も久しぶりに見ていきましょう。(国の重要文化財)
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正面には報徳訓が掲げられています。
2階回廊の所に有る額は伊藤博文の書なんですよ。すごいでしょ。
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この和洋折衷な所が良いんですよ。
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特に行事の無い時は、事務所に申し出れば見学はさせて頂けます。(有料200円)
皆さんも掛川にお越しの際は如何でしょうか。
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by kitoudenki | 2013-06-06 14:49 | 色々 | Comments(0)

掛川散歩シリーズ・竹之丸で小さな写真展

掛川城の廓跡に有る竹の丸で現在『昭和の掛川写真展』と言う小さな写真展が開催されています。
写真もサービス版の小さなプリントで、本当に微笑ましい物ですが、昭和20~50年代の自分にも見覚えのある駅前や商店街の情景が見れるとあって、時間を作って見学に行って参りました。
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何度か来ている竹の丸ですが、最近はあまり訪れる人も多くはなさそうです。
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この建物自体は明治以降に民間に払い下げられ、葛布問屋を営んでいた松本家が新しく普請し直した屋敷なんです。ですので江戸期の建物は竹の丸には無いとの事。

2階からは緑豊かな庭園が眺められます。
今の時期は窓からそよぐ風が本当に心地いいです。
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2階の洋間からは御城が望めます。そしてステンドグラスも柔らかな影を部屋に落としています。
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さて、このまま居ると居眠りしそうなんで、
重い腰を上げて写真展を見に行きましょう。

写真展は1階の座敷で開催中でした。
先にも書きました通り、本当に微笑ましく写真も決して大きくはないのですが、生活のにおいが感じられるとても懐かしい写真ばかりでした。
虫めがねが用意してあるのがちょっと嬉しかった。
惜しむらくはヒラキ百貨店が無かったことかな・・・・(個人的感想)

この写真展は今月19日まで開催との事です。

此処まで来たので報徳社もちょっとのぞいてきました。
復元工事はほぼ完成の様子でした。
今日は外観のみ見学してまいりました。
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すっかり見違えるように整備されています。
又今度内部も見学させて頂きたいと思います。
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by kitoudenki | 2013-05-08 17:40 | 色々 | Comments(0)

まったり

ふっと思い出したように新井素子を読みたくなって、本棚から掘りおこしてきた。
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by kitoudenki | 2013-01-06 11:24 | 色々 | Comments(0)

掛川散歩シリーズ・報徳社建築群復元工事その後

掛川に有ります大日本報徳社本社の建築群、復元工事の様子を覗いてきました。

すると、仰徳学寮(旧霞が関離宮の侍女部屋)が既に完成し、旧事務所から新事務所として引っ越しを済ませている様子でした。
早速事務所に来意を告げ、見学をさせて頂きました。
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2回の廊下にはリノリウムが貼られていますが、修復前は天然の物が残っていたそうです。
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電燈の意匠が素敵ですね。仰徳記念館の燈火類も同じ様な意匠でした。
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暖炉です。
宮家時代には暖炉として機能していたそうですが、下腸されてからは書棚として使用されていたそうです。
しかし、意匠は創建当時のままです。
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踊り場は広々としており、明るい空間が開けています。
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ドアのガラスに注目。映っている景色の歪が判りますか?
昔の板ガラスがそのまま残っているんですよ。
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1階の部屋割も移築当時の間取りに復元されており、今後の活用が楽しみです。

敷地内の翼北学舎と仰徳記念館も復元の真っ最中でした。
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その一方で旧事務所の撤去に向けた準備が進んでおりました。
これはこれで好きな建築様式でしたけれども、致し方ありませんね。
(実際他からも解体を惜しむ声が有ったとか)
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今後の工事の進捗が楽しみです。
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by kitoudenki | 2012-12-22 17:38 | 色々 | Comments(2)

掛川散歩シリーズ・報徳社建築群復元工事

掛川に有ります大日本報徳社。
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その本社建築群の中の仰徳記念館・仰徳学寮・翼北学舎が現在修復工事が行われています。
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皆さんご存知(?)の通り、大講堂は国の重要文化財に指定されております。
そのほかの建築群につきましても由来のある何れも貴重な物ばかりです。
今回修復されております建物は、霞が関に有りました旧有栖川宮邸の一部で、日本館と侍女部屋と呼ばれていた建物で有ったそうです。(仰徳記念館・仰徳学寮)
昭和12年に下賜され、永く掛川の地で皇室の建築様式を伝えてきた建物がこうして修復、活用されると言うのは大変興味深く又いいことだと思います。
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翼北学舎については報徳社の祖、岡田良一朗に縁のある建物で有るそうです。
こちらの建物は特に目立った様式は見られませんが、江戸~明治期の標準的な様式を今に残している貴重な建物であることに代わりまありません。
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現在進められている工事は計画ですと平成25年3月が完成予定となっております。
現在の事務所棟は撤去されてしまうそうですが、(この昭和30年代のRC様式も好きなんだけど・・・・・今では貴重!)それに合わせた場内整備もされるようです。
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その完成が楽しみです。
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by kitoudenki | 2012-11-02 22:32 | 色々 | Comments(0)