城東電軌

kitoudenki.exblog.jp
ブログトップ

駿遠線跡を歩いてきました・4

浅名駅近くの食堂で昼食をとった後は五十岡へ向います。
そういえば、昼食をとった食堂のとなりにある浅羽図書館(以前軽便鉄道展が開催された場所です)の入り口前を軽便が横切っていたんですね。改めて位置関係が分かりました。
b0059978_22582519.jpg

旧浅羽町役場前を通過した線路跡は交差点を横断し、遊歩道(廃線跡)へと入っていきます。
当然のことながら当時はここに道路はありませんでした。写真左奥が旧道になります。
b0059978_2305662.jpg

遊歩道にはレールをイメージした模様にインターロッキングが敷設して有ります。見た感じは2フィート位かな?少々狭いようですが良い感じです。
b0059978_2332340.jpg

こちらも遊歩道の途中にベンチがあり、休憩が出来るようになっています。そして軽便の案内看板も設置されています。本当に浅羽地区は廃線跡が良く整備されていますね。
b0059978_2362446.jpg

休憩所を出ると程なく鉄橋が見えてきます。此処も軽便時代のガーターをそのまま使った橋梁になります。結構良い雰囲気に残っている貴重な場所だと思いますが如何ですか?
b0059978_2393473.jpg

そして鉄橋を渡るとそこには五十岡駅が姿を現します。今でもホームがそのまま残る貴重な駅跡です。ホーム上には待合室の基礎も残っており、再整備の上復元も可能では?と、思わせてくれます。
所でこの駅名のローマ字読みですが、復元駅名表は【IGOKA】ですが、当時の駅名表は【IGOOKA】となっておりOを2回読む形になります。これは以前くるまやさんにご指摘いただいて判明した事で、指摘されるまで全然気がつきませんでした。
b0059978_23273762.jpg

駅の横にはこんな案内板も設置されていました。
b0059978_2328491.jpg

五十岡を過ぎると路面は単調なアスファルト舗装に変わります。そして雰囲気も徐々に軽便らしく変化してきました。
此処の坂を上がると以前は切通しがあり、その上を華奢な人道橋が渡して有りました。結構好きな場所でしたが、数年前道路工事に伴う廃線跡のかさ上げが行われ撤去されてしまいました。
b0059978_23321913.jpg

b0059978_2332372.jpg

それでも軽便らしい風景に中を廃線跡が続きます。そして坂を少し下るとそこには新岡崎駅跡が姿を現します。
b0059978_23343348.jpg

[PR]
by kitoudenki | 2008-11-13 23:25 | 鉄・駿遠線 | Comments(2)
Commented by シゲ at 2008-11-14 00:10 x
道幅といい、Rの入り方といい、まさしくかつては鉄道の線路があったという良い雰囲気を残していますね!
夏に出かけて思ったことなのですが、復刻された駅名標が数多くの駅跡にありますよね。場所が特定しやすくていいのでは・・・。
Commented by kitoudenki at 2008-11-16 00:45
この駅名標はですね、それぞれの地区の団体が独自に設置しておりますので大体の目安にはなるのですが、中には違う場所に設置されている物もあるようです。
でもこういう活動って大事ですよね。こういうことは鉄だけの物ではないのですから。