城東電軌

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小さな工事軌道の話

その昔、静岡市の南部は低湿地帯で田園の広がる所でした。

時は第2次大戦中、航空機の増産の必要性から、このエリアに住友金属プロペラ製作所と三菱金属が新たに軍需工場を建設することとなりました。

元々低湿地の場所故盛土の必要があり、客土工事用の軌道が敷設され工事が行われました。
当時の土木工事では至極一般的な工法です。

場所は現在のSBSから駿河総合高校のある辺りに住金が、そしてツインメッセ付近一帯に三菱が建設されました。

住金側の工事では採土場は現在の静大の場所(片山丘陵)にあり、昭和17~8年より大谷川の改修と共に工事は始まりました。

片山丘陵から造成地までは軌道が敷設され、工場南側の石田地区からも併せて採土が行われました。工事には機関車も使われていたそうです。

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この工事の過程で縄文遺跡が発見されたことは、皆さん周知の事かと思います。(現在の登呂遺跡)

戦後の航空写真ですが、扇状にレールを動かし採土する、セオリー通りの工法が土場で確認できて大変面白く思いました。

戦後は郷道として軌道敷も残っていたようですが、昭和42年頃に大谷川放水路と農地の構造改善のために軌道敷は消滅してしまいました。今では大谷街道の路地にその面影を残すくらいでしょうか?

一方の三菱側ですが、こちらも軌道があったものと思われますがはっきりとした確証がありません。

こちらの採土場は現在の小鹿病院付近の東名高速の真下になります。

これらの軌道は仮設の工事軌道のため、記録にも残りません。又、工場も空襲による被災、敗戦による混乱、戦後の産業構造の変化などで今ではその面影もありません。

かつてこの地にそんな歴史があったことを気にしていただけたらと思います。

航空写真出典

国土地理院 地図、航空写真閲覧サービスによる。


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by kitoudenki | 2016-10-27 21:36 | | Comments(0)