城東電軌

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寛永寺坂駅

先月の8月18日、京成本線の旧寛永寺坂駅駅舎がついに解体に着手されました。
昭和22年に営業休止となった後は、幾多の変遷の後に貸事務所として駅舎は使用されていました。
戦時下における寛永寺トンネルの国の接収、その後の諸事情により不遇を託った駅でもありました。

そんな駅舎の解体の報を聞いたのは、JAMに参加のために上京の準備をしている最中でした。
予定を確認すると、解体着手日と上京日がちょうど同じ日です。
これなら何とか最後の姿を目にすることが出来そうだと、一路上野の地を目指しました。
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寛永寺坂に最寄り駅は国電の鶯谷駅になります。
鶯谷は未だにレール組の架線柱やホーム上屋の残る駅です。
地上側駅舎の地下道も、上屋は未だに木造のまま残っています。
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駅前を出て、色町を抜けると架道橋に突き当たります。こちらもご覧のように戦前からある架道橋で、橋の名前も寛永寺橋と言います。
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この架道橋を渡り少し歩くと味のあるおでん屋が現れます。
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するとその少し前方に白いバリケードで囲まれた敷地が目に飛び込んできました。
そう、そこが今回の目的地、寛永寺坂駅跡です。
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駅跡は敷地をバリケードで囲まれ、本体の解体にこそ着手はされていませんでしたが、既に作業員が入り準備が行われていました。
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見れば正面のシャッターが空いており、事務所ドアーらしきものがうっすらと見えました。
果たして当時からの調度なのでしょうか?
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駅舎側面には当時の物らしき窓枠も見えました。
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駅舎前には紀元2600年を記念した掲揚台も残されていました。
当時の世相を反映した遺物です。
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この時はやはり御名残りなのでしょうか、数人の方が同じように敷地の外からカメラを向けている姿が見られました。

聞けば最近、遂に地上部分は更地になってしまったとか。
130km/hで疾走するスカイライナーとこの忘れ去られた小さな駅、時の流れと世情に思いを馳せた夜でした。
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by kitoudenki | 2016-09-11 23:42 | | Comments(0)