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今度こそ最後です・岡部の里に露と消えた幻を求めて

今年の6月に阿形先生と一応の探索を終えた静岡鉄道駿遠線ですが、実はまだ完全制覇ではありませんでした。そう、昭和11年に廃止となった(開業後僅か12年で!)藤相鉄道岡部線の大手―駿河岡部間が残っていたのです。
そんな岡部線ですが、この11月に機会がありまして、阿形先生と一緒に探索に出掛けてまいりました。今回こそが本当に最終完全制覇編ですよ♪

今回は駿河岡部を起点に探索をスタートする事となりました。
駿河岡部は東海道の岡部宿のほぼ中心に近くに有る、当地の物流の集積地でもありました。
しかし、国道整備や自動車の発達、昭和大恐慌などその時代背景と立地上の物流経路の変化から、呆気なく廃線となってしまった区間だったのです。
この区間は廃線時期が早かったので、その痕跡はほとんど残っていません。ですので探索には当時の地図が欠かせません。
今回は幸いなことに、以前地元の方が作成したと言う資料を入手することが出来ました。
それを元に探索して、現状がどのように変わっているのかを見て行きたいと思います。
参考までに航空写真(出典:国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省)に路線図の目安を記入した物をUPしておきます。飽くまでも目安と言う事でご覧下さい。
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岡部公民館、此処に駿河岡部駅はありました。
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当時は芝居小屋や旅館も駅前に有ったとか。今は正面の小学校から子供たちの賑やかな歓声が聞こえてきます。
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岡部駅を出た後は、南側のグラウンドを突き抜け住宅地に入ります。
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丁度そこに見えた方にお話を伺う事が出来たのですが、そこの方も御自分の家が軽便の敷地で有ったと言う事は御存じでした。
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よく見ると路線の延長上に区画が並んでいるのが判ります。
住宅地を過ぎるとスーパーの駐車場を横切り未舗装の路地へ突き当ります。
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こちらが数少ない線路敷きの跡になります。
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やがて工場に突き当り、線路敷きの跡は消滅しそのままR1バイパスへと突き当ります。
R1バイパスを超す部分も特にアンダーガードが有るわけでもなく、完全にその痕跡は無くなっています。
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この先横内駅まで全く工場敷地などに造成され、その痕跡は見出すことが出来ません。
途中、工場の敷地の境界がそれらしいカーブを描いている位でしょうか?
やがて白髭神社が見えてきます。その横の空き地が横内駅になります。
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地元の方が建てたと思しき標記が神社の鳥居近くに建てられていました。
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この大手寄りには線路敷き跡に沿って住宅が建てられていたそうですが、近年の都市計画ですっかり様子が変わってしまいその痕跡は完全に消え去ってしまいました。
仕方なく国道へ回り、朝比奈川を渡ります。
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朝比奈川を渡った反対側は、未だに田園が広がる場所でした。
堤防の下に小道がありますが、これは線路敷きではありません。堤防から降りる築堤の用地が扇状に広がっていましたが、その用地の境と思われます。
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昔の地図には一部に側道もあったようですね。
堤防から降りた線路敷きはすぐにまたVの字に昇り勾配へ、葉梨川の堤防へ駆け上がります。
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この上りの築堤の一部(と言われている)の盛土が、畑として残っています。
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正面の小道も築堤の境になる部分で、やはり線路敷きの跡ではありません。
此処は昔の地図にも側道として記載されている様です。

ここで軽便は葉梨川を渡りますが、この辺りは河川改修、主要幹線道路改築などが集中している場所であり、昔を偲ぶ術は全く無い状況で有りました。

焼津インター線を越した所でやっと景色は落ち着きを取り戻します。
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線路敷きは田圃を横切り住宅地に入った所でやっとその姿を現します。
昔ながらの農家も点在し、此処は暫し軽便の旅を空想できそうです。
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やがて楽しい時間は終わりを告げます。(よくあるフレーズ)
じきに道も畑へとぶつかり、途切れてしまいました。
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仕方無く又迂回です。
住宅、畑地の点在する中を進むと畑で作業をする方が。
以前お話を伺った事のある方だったそうで、また色々とお話を。
こちらの畑と住宅の境のカーブが軌道敷きの境であったとの事。
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言われてみると綺麗なカーブで、如何にも軽便の蒸気列車が現れてきそうな情景でした。
ここから少し進み、旧東海道が川向こうから合流した辻を曲がると八幡橋駅がありました。
此処は沿線でも大きな駅だったらしいです。
現在では民家が建っており、その横には標記が建てられています。
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向かいのお宅の庭への入り口付近が昔の軌道敷きであったようです。
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此処を過ぎると完全に景色が一変します。
水守駅を過ぎ現国道1号付近までの区間は、完全に区画整理の為に昔の道までが変わってしまっているのです。旧東海道までが一部区間で付け替えられてしまっており、かつて淵のあった辺りも然り、東海道をウォークする方々も時々道が判らなくなり、よく訪ねに来るとの事を地元の方にお聞きしました。
そんな訳で、水守駅の場所は地元の方の御蔭で特定は出来ましたが、完全な住宅地の中で当時を偲ぶ術もありません。又写真も掲載を憚られますので、此処は割愛させていただきます。
代わりに淵の近くの辻に有りましたこんな道しるべをUPしておきますね。
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いつの頃建てられた物か、国道1号と旧東海道に挟まれたセブンイレブンの敷地の隅に今も残っています。
水守駅を過ぎ暫く進むと(痕跡はありませんが)、線路敷きはホームセンター敷地へと入りそのまま国道沿いのキャタピラー三菱の横辺りを通っていたようです。
此処で僅かながら線路敷きが姿を現します。
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以前は2~300m位は残っていたそうですが、今ではキャタピラー三菱横の側道につながる30m位の生活道路にその名残を残すのみとなりました。
此処でホンダのディーラーへと国道を横断し、再び住宅地へ線路敷きはのみ込まれてゆきます。
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国道沿いに進むと県立藤枝北高が見えてきます。ここで横道に入ってみましょう。
此処にも僅かながら線路敷きが生活道路として残存しています。
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そしてその正面、道路を渡った大手側が農学校前駅でした。
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大手線が有った頃は藤枝農学校として、近隣のみならず伊豆や川根方面からの生徒たちも受け入れていたとの事です。
此処から再び住宅地、企業用地として線路敷きは消滅してしまいます。
それでも国道にほぼ沿って着かず離れずの距離を保ちながら大手を目指します。
やがて大手の駅跡が見えてきました。少し前までは静鉄の営業所、バス車庫として機能しておりましたが、現在はショッピングセンターにその姿を変えています。
大手手前から三度線路敷きは現れます。
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そして程なく大手駅に。
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駅前にはかつて映画館がありました。その名残でしょうか、床にはタイル張りのフロアーの痕跡が顔をのぞかせています。
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あの頃は大手も随分賑今と違った賑わい方をしていたのでしょうね。
決して今がさびれてしまった訳ではないのですが、郊外型の賑わいとあの頃の交通の要所としての賑わいでは、何か活気が違う様な気がしてなりません。
(一方で郊外型の発展から取り残された旧の藤枝宿は随分と寂しい様相です。)

単なるノスタルジーかな?

何はともあれこうして駿遠線探索を、今度こそ完全制覇を果たす事が出来ました。
今まで色々御助言下さった関係者の皆様に感謝するとともに、ご指導、お付き合いくださいました阿形先生に感謝の意を述べて一連の探索記の結びにさせて頂けたらと思います。
どうもありがとうございました。

              一連の駿遠線探索記ここに  

                  
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by kitoudenki | 2012-11-26 13:52 | 鉄・駿遠線 | Comments(8)
Commented by pul-4 at 2012-11-26 22:13 x
駿遠線完全制覇おめでとうございます。


何度か岡部線は探索したことはありますが、無い無いとはいいましても、ここまで残っているのは奇跡に近いでしょう。


駿遠線は奥が深いですねぇ~!!
Commented by 城東電軌 at 2012-11-27 08:16 x
静岡市への通勤圏として、又気候的にも住みやすい岡部ですから開発は進んでいると覚悟はしていたのですが、本当に良くぞ残っていたと思われるシーンがありました。
本当に奥が深いです。
Commented by BEN-KEI-SHI at 2012-11-27 10:02 x
いよいよ最後の楽園 完歩でしたね。
本当におめでとうございます。
お陰で正式なルートも確認でしたし将に感謝です。
私は、一番歩き易い相良〜榛原が何とまだですので
近々の内に挑戦します。
それが出来たら、継ぎはぎではなく1日では無理と思いますが
続いての完歩を目指したいです。
Commented by 城東電軌 at 2012-11-27 21:14 x
焦る事無くゆっくりと挑戦して下さい。
時間を掛けて成果を出す事も大切かと思います。
完歩の達成をお祈りしております。
Commented by 御前崎 at 2012-11-28 11:25 x
祝 駿遠線完歩。
想像力を働かせ、歩いて行くと、楽しいですね。
いつも上手にまとめてくださり、復習できます。ありがとうございました。
Commented by 城東電軌 at 2012-11-29 20:33 x
色々お世話になりました。
御蔭さまで完歩する事が出来ました。このような機会を設けて頂けてホント嬉しかったです。
子供の頃見た光景はこんな風だったんだ・・・・・
思い出の確認ができたのは何よりの収穫でした。
Commented by とも僧 at 2013-01-25 19:14 x
既にご存じかもしれませんが、駿遠線が走っているところの、当時の貴重なフィルムが、ユウチューブにアップされています。
幼き頃、田舎に行くと決まって、ザリガニを獲って遊んだ小堤山トンネルも映っていて、見ていて目頭が熱くなりました。
まだご覧になっていなかったら、消えてしまわぬうちに是非ご覧になってみてください。
Commented by 城東電軌 at 2013-01-25 22:46 x
とも僧さま、耳寄りな情報をありがとうございました。
実は私も以前から幾つかのフィルムは見ておりました。しかし、最近はあまり見ていませんでしたので、又新しいフィルムがアップされているかもしれませんね。又チェックしてみなければ‼
しかし、最近は昔の記録映像が次々と発掘されて公開されて、遠い記憶が次々とよみがえって嬉しくもあり懐かしくもあり・・・・・・
ホント、とも僧さんの仰るように、私も目頭が熱くなってくる事も度々です。
又何か面白い情報が有りましたら教えて下さい♪