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城東電軌

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遠州散歩シリーズ・北遠への夢を追いかけて・光明電鉄夢の跡

今日は昨日の嵐がウソのような晴天でした。
所用で磐田まで来たついでに、ちょっと磐田図書館で光明電鉄について資料集めをしてまいりました。
実はJR磐田駅前に、光明電鉄のマークの入っているマンホール蓋が有るとの情報が入りまして、それを確認したかったのです。
図書館では予想以上の資料が集まりまして、それならばと言う事で全線を軽く流してみる事としました。
さあ、それでは磐田駅に向かいましょう。
磐田駅前には情報通り光電のマーク入り鉄蓋が♪
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これはちょっとした感動モノです。
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それでは光電磐田駅(当時は中泉駅)を起点に全線を辿ってみましょう。
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中泉駅はすっかり様相が変わってしまい、昔の面影は有りません。
それでもスポーツクラブの横の通路が線路跡跡として残ってます。
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見附付近までは区画整理で消え去った区間と道路として残っている区間が点在します。
旧東海道を通り越した所にはこんな物も。
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そして反対側に目をやれば、線路敷きがこんな具合に残っています。
此処から見附変電所横を通り、気賀坂トンネルをくぐる訳ですが、今ではそのトンネルは道路の下との事でその痕跡は残っていません。
田園地帯を所々軌道敷きは姿を現しながらやがて遠州岩田駅に到着です。(途中駅割愛)
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こちらの自動車修理工場が丁度駅の位置になる様です。
岩田駅からは真っ直ぐに線路敷きは田園地帯を進みます。
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ん、ちょっと良い感じ♪
匂坂駅辺りから用水路と位置関係が判らなくなり、やがて現道と交差して堤防沿いへと進んでいきます。
そしてこの堤防には何と!
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線路敷きは堤防を横切る為の切り通しが残っていたのです。
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切り通しの区間はコンクリートの擁壁(ようへき)で仕切られており、明確にその線路敷きが確認できました。
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そして堤防の中央には出水時に板を落とし込むためのセギが完全な形で残っていました。
堤防の西側に出た線路敷きは、堤防に沿った形でこれまた良い感じに北進してゆきます。
この付近も明確に線路敷きが残る区間でもあります。
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堤防から離れ、集落に入ると平松駅に到着です。
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                   *私有地内にあり、許可を得て撮影


何とこちらにはホームが残っていました。
その淵には柱を立てたような跡もあり、一部には待合室でもあったのでしょうか?
そんな想像も掻き立てます。
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そのホームの前後にはこのような構造物が有りこれもホームだと言われているようですが、これは明らかに擁壁で、現在の道路部分が以前は堤防か何かだったのではないでしょうか?
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平松駅を出るといよいよ線路敷きは判らなくなります。
そのほとんどが宅地や農地へと転用されています。
豊岡南小手前でやっとその痕跡に出あえました。
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夢幻でも良い、その姿を一度でも見て見たかった・・・・・・

そんな想いをせずにはいられない光景でした。
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いよいよその探索は混迷を極めた参りました。
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今回の終点、田川駅(天浜線との接続点)まであと少しです。
その手前に100m位突如軌道敷きが姿を現しました。
合代島公会堂前に残るその道がそうです。
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そして終点田川駅は現在建設会社の敷地となっていました。
此処から左にカーブし、現在の天浜線へとつながっていく事となる訳です。
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二俣口駅に残る軌道敷きとホームは、先人の見果てぬまま終わった北遠への夢を物語っています。
今この地に立つと、この地の発展と先人の想いが何か不思議な巡り合わせの中に有るような気がしてなりません。
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by kitoudenki | 2012-04-01 22:45 | | Comments(6)
Commented by pul-4 from-PC at 2012-04-02 22:13 x
ほほう、光明電鉄さんもしっかり残っているものなんですね。

俺も忘れてもらっちゃ困るぜ!って感じですかね。
Commented by kitoudenki at 2012-04-04 21:59
あのような末路でも少しはその痕跡が有る物ですね。
思いもよらぬ成果が有りました。
Commented by なべ3 at 2012-04-06 17:02 x
あのような末路を辿った鉄道でも、まだこんなに痕跡があるんですね。すでにトンネル以外は痕跡など無いと思っていたので、残っていることにオドロキと、探した城東電軌さんに脱帽です。
Commented by kitoudenki at 2012-04-06 23:30
いや~、図書館で調べた資料に沿って現地踏査をしただけなんで、あまり大きな顔は出来ませんので・・・・・・
それにしてもあそこにあそこまで遺構が残っているとは思いませんでした。まさに夢の跡ですね。
Commented by やぶお at 2012-04-17 21:18 x
磐田の光明電鉄跡のレポートも拝見しました。
こちらは私には全く知識のない鉄道ですが、
今でも数々の遺構が残っているのですね。
特にホームが残っているとは驚きでした。
磐田は女房の実家があるところで、
1年に数回出かける用事があります。
今度は城東電軌さんのレポート箇所をのんびり回ってみたいと思います。
Commented by kitoudenki at 2012-04-18 21:22
私も以前より光明電鉄の事は知っておりましたが、その詳細は今回探索し初めて知った部分が多かったです。
会社の経緯からして結構そんな方が多かったのではないかと思います。これからいい季節になりますから、是非夢の跡を散策してみてください。きっと新しい感動が有るかもしれませんよ。