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城東電軌

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東武熊谷線

関東地区の方には懐かしい路線、東武熊谷線に以前乗りに行ったことがあります。
熊谷線は東武鉄道に残った最後の非電化路線でした。国鉄の高崎線熊谷駅(秩父鉄道も通っていますね)を起点に利根川縁の街、妻沼まで結んでいた路線でした。
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上越新幹線が開業し、様相の変わってしまった熊谷駅ですが、秩父鉄道のホームを間借りした乗り場にはキハ2000がお客を待って停車していました。
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秩父鉄道のホーム横のヤードには、小田急からやってきた1800がきれいに整備されて留置されていました。これも今では懐かしい光景です。
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さあ、発車のベルが鳴りいよいよ妻沼を目指します。
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隣の上熊谷までは秩父鉄道と国鉄高崎線と並走して走ります。そしてこれが上熊谷駅です。
ここを過ぎると大きく右に曲がり築堤を駆け上がります。
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比較的単調なこの路線の中で唯一変化に富んだスポットではないでしょうか?
ここからは田園の中をひたすら妻沼に向かって進みます。
途中に大幡駅がありましたが、ついに下りたことがありませんでした。
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大幡を過ぎると妻沼に到着です。場外には腕木式の信号機があって、そこを通過する写真も撮ったのですが、いまだに行方不明になっています。(いつか見つかりますように・・・・・・)
写真をよく見ていただくと、熊谷線のオールキャスト‼3両のキハ2000が写っているのが分かりますか?
これが末期の熊谷線全車両でした。
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ホームにはこんな駅名標が・・・・・
ね、いい感じですよね。取り残された私鉄らしさがなんとも言えません。
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ところでこの熊谷線ですが、当初は利根川を渡って東武小泉線に接続する計画でした。そのため奥に見える利根川堤防までの築堤と利根川には橋脚が出来上がっていました。もし当初の計画通り接続されていれば、きっと電化されていたのでしょうね。
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このキハ2000ですが、当時流行った湘南顔の好ましいデザインの気動車で、同型車が加越能鉄道(後に鹿島鉄道に譲渡)にも居ました。
廃止後は妻沼駅隣の公民館(でしたっけ・・・・・)と船橋近くの学習塾に引き取らて行きましたが、残念ながら船橋の車体は今では現存していないそうです。その一方で、妻沼の保存車は今でも大切に手入れがなされているようです。
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妻沼駅構内には機関区があり、木造の1線の車庫と水タンクも残った大変好ましい佇まいを残していました。今はどうなっているんでしょうね?

東武熊谷線、今でも思い出に残っている素敵な路線でした。
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by kitoudenki | 2009-06-03 22:58 | | Comments(4)
Commented by 尾鉄通信 at 2009-06-04 21:50 x
独特のヘッドライトケースが特徴ですね。
これに抵抗があって行かなかった訳で・・・。
後悔先に立たずですね。
Commented by 城東電軌 at 2009-06-04 22:23 x
豚鼻も確かに当初は気になりましたが、国鉄の気動車や電関など1燈式のライトも豚鼻になっていた時代でしたから、そこまでこだわりはありませんでした。
短くて単調な路線でしたけど、なぜか心に残る路線でした。
実は廃止2ヶ月後くらいにも再訪してまして・・・・・・・
Commented by シゲ at 2009-06-05 23:57 x
うわぁ、懐かしいです!
大手私鉄の路線とは思えないローカルムードがありましたね。
車両も東武らしくないスタイルですが、逆にヘッドライト周りは釣り掛けの7800系に似ているように思います。
高崎線をオーバークロスする築堤は大部分が削られていますが、一部残っていて車窓からも確認することができます。
Commented by 城東電軌 at 2009-06-06 08:12 x
シゲさん、日光は如何でしたか?
新しい生活に慌ただしいことと存じます。

熊谷線・・・・なつかしいですよね~
地元ではカメとか言われていたらしいですが、いい味を出していましたよね。乗っていてもなぜか落ち着くいい雰囲気の所でした。
東武らしくないデザインと言えば確かにそうかも。でも8000と同じお面の気動車なんていうのも変ですしね。(かえって今風?)