城東電軌

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春うらら、軽便ウォークに行ってきました・その2

さあ、前回藪に進路をふさがれて立ち往生‼
さあ、どうしましょう。
城東電軌「阿形さ~ん、どうしましょう?」
阿形先生「ふふふふ、お任せしますよ。」
と言う訳で藪の中に意を決して突入です。
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ところが意外と藪の中は通りやすく、藪漕ぎは30m位でそれ以外は下草も短くいい雰囲気の廃線跡が姿を現しました。(ああ、4駆に乗ってた頃は藪漕ぎも楽しかったっけ・・・・)このシーンはちょっと感動的です。
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途中の法面には石垣が残っており、これまた珍しい光景でした。農道のまま残っていたのが良かったのですね。
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途中には境界杭も所々姿を見せていました。時節柄タケノコもひょこひょこと頭を出していました。
しばしいい雰囲気を味わっていると、野中に近づくに従って再び藪が深くなってきました。おまけに線形も妙におかしくなってきました。
現道に合流するとそこは野中駅の跡何ですが、何か不自然です。
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ちょうど地元の方が見えたので、位置関係をお聞きしてみると野中駅は工場の造成によって工場敷地内に飲み込まれてしまっているとの事でした。道理で線形がおかしかったはずです。
ここでエピソードをお一つ。
まだ軽便があったころ、夜間留置してあった客車が、車輪止めの設置忘れから大須賀方面に転がしだし、河原町辺りま下り勾配を走って行ってしまったことがあったそうです。最近あった名松線みたいですね。
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駅跡には以前阿形先生が設置された『けいべんみち』の看板がありました。
こういう地道な活動が郷土の歴史を後世に残しているのですね。
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野中を出た軽便は東大谷川を渡り築堤を下ってきます。この辺りは近年道路整備が行われ、橋梁の架け替え、(それまでは軽便のプレートガーター橋が使用されていました。)や道路の拡幅が行われてしまいました。
道路の拡幅整備区間もやく300mくらいでしょうか、そこを過ぎるとまた道幅は狭まり(ところどころ舗装区間はあります)再びいい雰囲気の線路跡が姿を現します。
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途中の森の中には小さなお宮があり、その鳥居の前を軽便は横切っていました。現役時代にはさぞや素敵な風景だったのでしょうね。
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そのお宮さんの近くには、常滑焼の土管を使った暗渠が残っていました。もちろん当時のものですよ。
工法や雰囲気と言い当時の情景をよく残しています。
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森を抜けると茶畑の広がる斜面に出ます。ちょうど1番茶の季節です。新芽の緑が鮮やかです。
この辺りも当時の情景をよく残しています。
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ふと視線を右に向けるとそこには遠目に遠州灘の海が見渡せました。
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茶畑や森の小径を楽しんだ後はいよいよ野賀駅に到着です。
野賀はいまでは住宅が立ち並ぶ中にあり、少々わかりにくい場所ではあります。
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末期の駅では交換設備も撤去されておりましたが、地元の方のお話では最盛期には交換設備もあり、倉庫も建ち並んでいたそうです。
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ただ当時の面影はもうありませんでした。
ちなみに阿形先生に教えていただいたのですが、当時の大須賀と大坂を結ぶ街道は、線路沿いの改修拡幅されている道がそうだそうです。その後旧国道150号線が開通し、主要道はそちらに移る形になったそうです。
さて、次回はここから谷口に向かいます。
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by kitoudenki | 2009-04-25 00:10 | 鉄・駿遠線 | Comments(2)
Commented by シゲ at 2009-04-25 06:55 x
今回の区間はなかなかのどかな雰囲気で、今でも走っていたらさぞや良い感じなんだろうなぁと想像してしまいます。
藪の区間はこの季節だからこそ入れたのかもしれませんね。
Commented by 城東電軌 at 2009-04-25 23:04 x
はい、これから夏にかけては藪の突破はかなりきついと思います。
今回の区間がロケーションも一番良かったですよ。