城東電軌

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イベント出展のお知らせ

10月1日に日本橋は錦商会館で開催されます軽便鉄道模型祭に出展いたします。
当日は新製品といたしまして、加藤10t坑内用機関車(1/87・9mm)をご用意いたしました。
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こちらは動力、ヘッドライト、カプラー別で、4,500円+税となっております。
動力はナローガレージ様のφ7・WB15の物を別途お求めください。

その他には、再生産品や小物アクセサリーの新製品、試作品の特別配布等を取りそろえ皆様のお越しをお待ちしております。
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# by kitoudenki | 2017-09-24 23:00 | イベント | Comments(0)

夏の終わりの草軽紀行

先日はこの10日から草軽の旧北軽井沢駅で開催されている写真展、『草軽高原を往く』を見に行ってまいりました。
友人が主催ということと18きっぷ最終日ということもあり、今回は一部新幹線エスケープ区間もありますが、小田原ー羽根尾(長野原)間の各停の旅と洒落込むことと致しました。
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先ずは小田原駅で新幹線から高崎行きのローカルに乗り換えます。高崎からは長野原線に乗り換えますが、あわよくば115でも来ないかと期待したのですが、やはり来たのは211でした。
この時間、ローカルは長野原止まりのようです。この先の北軽井沢へと向かう草軽交通のバスも休日は長野原発着が無いようなので、JR関東バスと徒歩の連絡で羽根尾駅前の草軽交通バス停まで移動です。
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距離にして1Km少し、街道沿いの古い家並みを見ながらの散策を楽しめました。
20分くらい待ったでしょうか、軽井沢行きのバスがやってきました。
乗り込むとどんどん山道を登り高度を上げてゆき、一気に景色も変わってゆきます。
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一気に高原の景色に代わりしばらく走ると、程なく北軽井沢に到着です。
バス停は旧駅構内(側線、荷扱い場所)と同じ場所にあり、道を挟んだ目の前には旧北軽井沢駅舎が静かに佇んでいました。
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駅舎にお邪魔すると主催者である鉄道青年さんがいらっしゃいました。
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ご挨拶を済ませ、展示を拝見ました。
Oナローのモジュールの展示と、長野原町に因んだ写真を駅舎内に所狭しと展示されており、どれも当時の様子が生き生きと写されている物ばかりでした。
他にも観光客、別荘滞在の方、地元の当時を懐かしむ方など、入れ代わり立ち代わり多くの方が展示を懐かしそうに見ておりました。
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駅の周りは北軽井沢という場所柄か、9月という時期のせいか、しんと静まり返っていました。

やがて帰りのバスの時間となり、会場を辞することとしました。
帰りは羽根尾駅から長野原線接続があり一安心でした。
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羽根尾―高崎―小田原とローカルで帰り着き最後は新幹線のお世話となりました。

こちらの写真展、会期は9月24日までとなっております。
期間中の土日祝日には主催者様も会場にいらっしゃるとのことです。
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# by kitoudenki | 2017-09-12 22:39 | 鉄な旅 | Comments(0)

京都市電の溝付きレール

先週の事、ボークスのイベント2日目の朝に京都駅東側の陸橋を散歩していると、何やら擁壁に怪しげなものが突き出ていることに気が付きました。
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なんと溝付きレールではありませんか!
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何のために設置されているのか?架道橋のスロープの擁壁に等間隔に埋め込まれていました。
古の京都市電の面影を感じた古都の朝でした。
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# by kitoudenki | 2017-07-02 22:30 | 鉄な旅 | Comments(0)

鉄道模型市へのご来場ありがとうございました

29日に行われました鉄道模型市も無事に終了いたしました。
皆様におかれましては、弊ブースにお越しいただき誠にありがとうございました。
お陰様で多くの皆様と楽しいお話をさせて頂くことが出来ました。
ここに改めて御礼申し上げます。



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# by kitoudenki | 2017-05-01 10:06 | イベント | Comments(0)

ロマンスカーのこと


小田急のロマンスカー、LSEがこの春で引退との事です。

SEに端を発するカラーを身にまとい、ビジネス特急ではない、特急が特急らしくあった時代の電車が消えてしまうと思うと、一抹の寂しさを感じずにはいられませんでした。(VSEこそありますが、伝統のカラーとはまた違う次世代の特別な列車であり、あれはまた違うときめきもあります。)

そんな訳で先日の事、LSEの最後の姿を求めてまいりました。降り立ったのは開成駅。駅前にはNSEが1両、大切に保存されています。
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流石に床下機器等は綺麗に撤去されていますが、車体はメンテもされているようでカーテンも含めて綺麗な状態でした。定期的な車内公開もされているようです。
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撮影場所に選んだのはここから少し歩いた田園地帯。折しも富士山をバックにVSEが通過してゆきました。
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やってくる列車を楽しみながら、お目当てのLSEを待ちます。やがて遠くにオレンジ色が見えてきました。はやる心を落ち着かせシャッターを切ります。幾つになってもこのカラーの特急はドキドキしてしまいます。

この後は場所を移し箱根登山などに行った後、箱根湯本への入線を狙います。
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並行する国道の渋滞をよそに堂々と進入するロマンスカー。足元には3線軌条。これぞ湯元の醍醐味です。
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最後は上りの列車を逆光で狙ってみました。

時代とともにサービス、立ち位置も変わってしまったロマンスカーですが、いつまでたっても子供のころ憧れたロマンスカーでいて欲しいと思った1日でした。
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# by kitoudenki | 2017-01-24 21:11 | | Comments(8)

尾西線木曽川港駅

名鉄尾西線の一宮―玉ノ井ですが、かつては名岐のメインルートであり木曽川港駅までの路線を有していました。
木曽川橋梁の完成と一宮ー笠松の新ルートの完成の後は支線となり、戦時中は不要不急路線として路線の廃止、戦後の玉ノ井までの復活の後も末端部までは復活することはありませんでした。
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そんな尾西線の木曽川橋駅や木曽川港駅ですが、S23の航空写真にはっきりとその痕跡を確認することが出来ます。(国土地理院地図・航空写真閲覧サービスによる)木曽川橋構内は畑にでも転用されているのでしょうか?レールの痕跡こそありませんが、明確にその敷地は判別できます。駅舎らしきものも確認できます。木曽川港駅については、ホームらしきものも確認できます。笠松湊、木曽川湊、共に通運としての役割を担っていた時代であることがわかります。現在の様子はどうでしょうか?グーグルアースなどで照らし合わせてみてください。容易にレール跡や木曽川橋駅跡が辿れることかと思います。木曽川堤防から先については残念ながらその痕跡は無さそうです。木曽川港についても草木に覆われてかつての面影は無さそうです。片や対岸の笠松湊は史跡公園として整備されています。
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# by kitoudenki | 2016-11-07 23:12 | | Comments(0)

この背徳感が堪らないー真昼間から頂いてきました、花の舞酒造の蔵開き試飲会♪

昨日の日曜日、浜北は宮口にある酒造場『花の舞』で行われました新酒味見会に行ってまいりました。
このイベントは蔵出しの新酒が飲み放題と有って、毎年大勢の人でにぎわうイベントなのです。流石に飲酒のイベントと有って、天浜線で最寄りの宮口駅へと向かいました。掛川駅でもそれとわかる大勢のお客さんで、列車は既に席が埋まっていました。
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私は友人と待ち合わせがありますので、二俣駅でちょっと写真を撮りながら時間調整です。二俣駅で予定の列車を待っていると、直虎のラッピング車がやってきました。家康がムキムキのイケメンだったり、ゲームキャラの戦国武将は何ともイメージ昇華がうまいものだと感心した次第です。
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予定していた列車で友人と合流し宮口へ。宮口では折り返し用の出発信号を撮影してから会場の酒造場へと向かいました。
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会場に着くと既に多くの宴席が至る所に!酒造場と向かいの庚申寺境内まで人でいっぱいです。
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受付でグラスをもらい、早速お酒を注いでもらい頂きました。ぐび💛
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純米しぼりたて生原酒が五臓六腑に染み渡ります。昼間っからお酒を頂くこの背徳感がまた堪りません。心置きなくおいしいお酒を頂いた後は、酔い覚ましに門前をぶらりと散歩です。此処も多くの人で賑わっていますね。
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宮口は庚申寺の門前を中心に発展した街ですから、この通りが昔からのメインの通りになります。門前を下って東に曲がるとそこには西遠軌道の宮口駅の跡があります。
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今は道路になっていますが、当時は全線専用軌道で宮口の町の裏に駅がありました。西遠軌道は大日本軌道の改軌で不要になった資材を譲渡、転用の上で建設された軌道でした。
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案内看板にはコッペルとなっていますが、実際には雨宮の機関車が3両活躍しています。折角の顕彰看板なのですが、できればもう少し正しい内容にしていただければと思います。そんな西遠軌道も二俣線の開通、昭和大恐慌や距離の短さ(歩いた方が早い)のために早い時期に廃止となってしまいました。
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秋の日の一日は吹く風も酔った体に心地よく、再び天浜線の宮口駅に戻り帰路に就いたのでした。
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# by kitoudenki | 2016-10-31 23:21 | 日々の出来事 | Comments(2)

小さな工事軌道の話

その昔、静岡市の南部は低湿地帯で田園の広がる所でした。

時は第2次大戦中、航空機の増産の必要性から、このエリアに住友金属プロペラ製作所と三菱金属が新たに軍需工場を建設することとなりました。

元々低湿地の場所故盛土の必要があり、客土工事用の軌道が敷設され工事が行われました。
当時の土木工事では至極一般的な工法です。

場所は現在のSBSから駿河総合高校のある辺りに住金が、そしてツインメッセ付近一帯に三菱が建設されました。

住金側の工事では採土場は現在の静大の場所(片山丘陵)にあり、昭和17~8年より大谷川の改修と共に工事は始まりました。

片山丘陵から造成地までは軌道が敷設され、工場南側の石田地区からも併せて採土が行われました。工事には機関車も使われていたそうです。

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この工事の過程で縄文遺跡が発見されたことは、皆さん周知の事かと思います。(現在の登呂遺跡)

戦後の航空写真ですが、扇状にレールを動かし採土する、セオリー通りの工法が土場で確認できて大変面白く思いました。

戦後は郷道として軌道敷も残っていたようですが、昭和42年頃に大谷川放水路と農地の構造改善のために軌道敷は消滅してしまいました。今では大谷街道の路地にその面影を残すくらいでしょうか?

一方の三菱側ですが、こちらも軌道があったものと思われますがはっきりとした確証がありません。

こちらの採土場は現在の小鹿病院付近の東名高速の真下になります。

これらの軌道は仮設の工事軌道のため、記録にも残りません。又、工場も空襲による被災、敗戦による混乱、戦後の産業構造の変化などで今ではその面影もありません。

かつてこの地にそんな歴史があったことを気にしていただけたらと思います。

航空写真出典

国土地理院 地図、航空写真閲覧サービスによる。


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# by kitoudenki | 2016-10-27 21:36 | | Comments(0)

寛永寺坂駅

先月の8月18日、京成本線の旧寛永寺坂駅駅舎がついに解体に着手されました。
昭和22年に営業休止となった後は、幾多の変遷の後に貸事務所として駅舎は使用されていました。
戦時下における寛永寺トンネルの国の接収、その後の諸事情により不遇を託った駅でもありました。

そんな駅舎の解体の報を聞いたのは、JAMに参加のために上京の準備をしている最中でした。
予定を確認すると、解体着手日と上京日がちょうど同じ日です。
これなら何とか最後の姿を目にすることが出来そうだと、一路上野の地を目指しました。
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寛永寺坂に最寄り駅は国電の鶯谷駅になります。
鶯谷は未だにレール組の架線柱やホーム上屋の残る駅です。
地上側駅舎の地下道も、上屋は未だに木造のまま残っています。
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駅前を出て、色町を抜けると架道橋に突き当たります。こちらもご覧のように戦前からある架道橋で、橋の名前も寛永寺橋と言います。
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この架道橋を渡り少し歩くと味のあるおでん屋が現れます。
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するとその少し前方に白いバリケードで囲まれた敷地が目に飛び込んできました。
そう、そこが今回の目的地、寛永寺坂駅跡です。
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駅跡は敷地をバリケードで囲まれ、本体の解体にこそ着手はされていませんでしたが、既に作業員が入り準備が行われていました。
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見れば正面のシャッターが空いており、事務所ドアーらしきものがうっすらと見えました。
果たして当時からの調度なのでしょうか?
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駅舎側面には当時の物らしき窓枠も見えました。
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駅舎前には紀元2600年を記念した掲揚台も残されていました。
当時の世相を反映した遺物です。
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この時はやはり御名残りなのでしょうか、数人の方が同じように敷地の外からカメラを向けている姿が見られました。

聞けば最近、遂に地上部分は更地になってしまったとか。
130km/hで疾走するスカイライナーとこの忘れ去られた小さな駅、時の流れと世情に思いを馳せた夜でした。
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# by kitoudenki | 2016-09-11 23:42 | | Comments(0)

夏の伊勢路

少し前の事ですが、8月の大阪出張の際にいつもは近鉄の名阪特急を使うのですが、今回は所要が早く済んでしまい、さりとてどこかに乗りつぶしに行くには時間が半端・・・・
そんな訳で近鉄で伊勢まで行き、そこから名古屋へ戻る事としました。
まずは難波から伊勢行の時間を調べると、程なく発車の特急があることがわかりました。
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大急ぎでチケットと飲み物を支度してホームに駆け込みます。
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汗をぬぐいながら、流れゆく生駒の山並みを肴に冷たいものを頂きました。
鈴鹿山地を抜けて平野を抜けて、中川のデルタ線を過ぎればやがて目的地の伊勢市駅です。
あえて山田でなく伊勢市で降りるところが乙なところです。
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日が傾きかけたとはいえやはり夏の日は暑く、車外へ一歩出たとたんにまとわりつくような空気に汗が噴き出してきます。
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伊勢市駅の表へ出てみると、丁度そこには三重交通の神都線もどきバスがやってきました。
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駅の戻ると、先日廃止になったばかりの伊勢区の構内が、ガランと広がっていました。
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まだ少し日もあるようなので、少し足を延ばしてみましょうか?
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車窓に五十鈴川に掛かる神都線橋梁跡を眺めながら、松下駅までやってきました。
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周りには数件の人家と休耕田の広がる、何もない無人駅です。
近くには伊勢でよく見かける真珠漬の看板広告。
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さっき見送った『伊勢』が鳥羽から戻ってくるまでの間、この小さな田舎の駅で、沈みゆく夕日を楽しむとしましょう。
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# by kitoudenki | 2016-09-10 23:38 | 鉄な旅 | Comments(0)