城東電軌

kitoudenki.exblog.jp
ブログトップ

尾西線木曽川港駅

名鉄尾西線の一宮―玉ノ井ですが、かつては名岐のメインルートであり木曽川港駅までの路線を有していました。
木曽川橋梁の完成と一宮ー笠松の新ルートの完成の後は支線となり、戦時中は不要不急路線として路線の廃止、戦後の玉ノ井までの復活の後も末端部までは復活することはありませんでした。
b0059978_22471201.jpg

そんな尾西線の木曽川橋駅や木曽川港駅ですが、S23の航空写真にはっきりとその痕跡を確認することが出来ます。(国土地理院地図・航空写真閲覧サービスによる)木曽川橋構内は畑にでも転用されているのでしょうか?レールの痕跡こそありませんが、明確にその敷地は判別できます。駅舎らしきものも確認できます。木曽川港駅については、ホームらしきものも確認できます。笠松湊、木曽川湊、共に通運としての役割を担っていた時代であることがわかります。現在の様子はどうでしょうか?グーグルアースなどで照らし合わせてみてください。容易にレール跡や木曽川橋駅跡が辿れることかと思います。木曽川堤防から先については残念ながらその痕跡は無さそうです。木曽川港についても草木に覆われてかつての面影は無さそうです。片や対岸の笠松湊は史跡公園として整備されています。
[PR]
# by kitoudenki | 2016-11-07 23:12 | | Comments(0)

この背徳感が堪らないー真昼間から頂いてきました、花の舞酒造の蔵開き試飲会♪

昨日の日曜日、浜北は宮口にある酒造場『花の舞』で行われました新酒味見会に行ってまいりました。
このイベントは蔵出しの新酒が飲み放題と有って、毎年大勢の人でにぎわうイベントなのです。流石に飲酒のイベントと有って、天浜線で最寄りの宮口駅へと向かいました。掛川駅でもそれとわかる大勢のお客さんで、列車は既に席が埋まっていました。
b0059978_21495860.jpg

私は友人と待ち合わせがありますので、二俣駅でちょっと写真を撮りながら時間調整です。二俣駅で予定の列車を待っていると、直虎のラッピング車がやってきました。家康がムキムキのイケメンだったり、ゲームキャラの戦国武将は何ともイメージ昇華がうまいものだと感心した次第です。
b0059978_21501081.jpg
予定していた列車で友人と合流し宮口へ。宮口では折り返し用の出発信号を撮影してから会場の酒造場へと向かいました。
b0059978_21502214.jpg
会場に着くと既に多くの宴席が至る所に!酒造場と向かいの庚申寺境内まで人でいっぱいです。
b0059978_21503492.jpg
受付でグラスをもらい、早速お酒を注いでもらい頂きました。ぐび💛
b0059978_21521114.jpg
純米しぼりたて生原酒が五臓六腑に染み渡ります。昼間っからお酒を頂くこの背徳感がまた堪りません。心置きなくおいしいお酒を頂いた後は、酔い覚ましに門前をぶらりと散歩です。此処も多くの人で賑わっていますね。
b0059978_21522064.jpg
宮口は庚申寺の門前を中心に発展した街ですから、この通りが昔からのメインの通りになります。門前を下って東に曲がるとそこには西遠軌道の宮口駅の跡があります。
b0059978_21511599.jpg
今は道路になっていますが、当時は全線専用軌道で宮口の町の裏に駅がありました。西遠軌道は大日本軌道の改軌で不要になった資材を譲渡、転用の上で建設された軌道でした。
b0059978_21513661.jpg
案内看板にはコッペルとなっていますが、実際には雨宮の機関車が3両活躍しています。折角の顕彰看板なのですが、できればもう少し正しい内容にしていただければと思います。そんな西遠軌道も二俣線の開通、昭和大恐慌や距離の短さ(歩いた方が早い)のために早い時期に廃止となってしまいました。
b0059978_21515589.jpg
秋の日の一日は吹く風も酔った体に心地よく、再び天浜線の宮口駅に戻り帰路に就いたのでした。
[PR]
# by kitoudenki | 2016-10-31 23:21 | 日々の出来事 | Comments(0)

小さな工事軌道の話

その昔、静岡市の南部は低湿地帯で田園の広がる所でした。

時は第2次大戦中、航空機の増産の必要性から、このエリアに住友金属プロペラ製作所と三菱金属が新たに軍需工場を建設することとなりました。

元々低湿地の場所故盛土の必要があり、客土工事用の軌道が敷設され工事が行われました。
当時の土木工事では至極一般的な工法です。

場所は現在のSBSから駿河総合高校のある辺りに住金が、そしてツインメッセ付近一帯に三菱が建設されました。

住金側の工事では採土場は現在の静大の場所(片山丘陵)にあり、昭和17~8年より大谷川の改修と共に工事は始まりました。

片山丘陵から造成地までは軌道が敷設され、工場南側の石田地区からも併せて採土が行われました。工事には機関車も使われていたそうです。

b0059978_21311304.jpg
b0059978_21300922.jpg

この工事の過程で縄文遺跡が発見されたことは、皆さん周知の事かと思います。(現在の登呂遺跡)

戦後の航空写真ですが、扇状にレールを動かし採土する、セオリー通りの工法が土場で確認できて大変面白く思いました。

戦後は郷道として軌道敷も残っていたようですが、昭和42年頃に大谷川放水路と農地の構造改善のために軌道敷は消滅してしまいました。今では大谷街道の路地にその面影を残すくらいでしょうか?

一方の三菱側ですが、こちらも軌道があったものと思われますがはっきりとした確証がありません。

こちらの採土場は現在の小鹿病院付近の東名高速の真下になります。

これらの軌道は仮設の工事軌道のため、記録にも残りません。又、工場も空襲による被災、敗戦による混乱、戦後の産業構造の変化などで今ではその面影もありません。

かつてこの地にそんな歴史があったことを気にしていただけたらと思います。

航空写真出典

国土地理院 地図、航空写真閲覧サービスによる。


[PR]
# by kitoudenki | 2016-10-27 21:36 | | Comments(0)

寛永寺坂駅

先月の8月18日、京成本線の旧寛永寺坂駅駅舎がついに解体に着手されました。
昭和22年に営業休止となった後は、幾多の変遷の後に貸事務所として駅舎は使用されていました。
戦時下における寛永寺トンネルの国の接収、その後の諸事情により不遇を託った駅でもありました。

そんな駅舎の解体の報を聞いたのは、JAMに参加のために上京の準備をしている最中でした。
予定を確認すると、解体着手日と上京日がちょうど同じ日です。
これなら何とか最後の姿を目にすることが出来そうだと、一路上野の地を目指しました。
b0059978_23155024.jpg



b0059978_2316863.jpg

寛永寺坂に最寄り駅は国電の鶯谷駅になります。
鶯谷は未だにレール組の架線柱やホーム上屋の残る駅です。
地上側駅舎の地下道も、上屋は未だに木造のまま残っています。
b0059978_2320188.jpg

駅前を出て、色町を抜けると架道橋に突き当たります。こちらもご覧のように戦前からある架道橋で、橋の名前も寛永寺橋と言います。
b0059978_23222957.jpg


b0059978_23233985.jpg

この架道橋を渡り少し歩くと味のあるおでん屋が現れます。
b0059978_23244158.jpg

するとその少し前方に白いバリケードで囲まれた敷地が目に飛び込んできました。
そう、そこが今回の目的地、寛永寺坂駅跡です。
b0059978_23263124.jpg

駅跡は敷地をバリケードで囲まれ、本体の解体にこそ着手はされていませんでしたが、既に作業員が入り準備が行われていました。
b0059978_23284373.jpg

見れば正面のシャッターが空いており、事務所ドアーらしきものがうっすらと見えました。
果たして当時からの調度なのでしょうか?
b0059978_2330239.jpg

駅舎側面には当時の物らしき窓枠も見えました。
b0059978_23311562.jpg

駅舎前には紀元2600年を記念した掲揚台も残されていました。
当時の世相を反映した遺物です。
b0059978_2333334.jpg


b0059978_23335215.jpg

この時はやはり御名残りなのでしょうか、数人の方が同じように敷地の外からカメラを向けている姿が見られました。

聞けば最近、遂に地上部分は更地になってしまったとか。
130km/hで疾走するスカイライナーとこの忘れ去られた小さな駅、時の流れと世情に思いを馳せた夜でした。
[PR]
# by kitoudenki | 2016-09-11 23:42 | | Comments(0)

夏の伊勢路

少し前の事ですが、8月の大阪出張の際にいつもは近鉄の名阪特急を使うのですが、今回は所要が早く済んでしまい、さりとてどこかに乗りつぶしに行くには時間が半端・・・・
そんな訳で近鉄で伊勢まで行き、そこから名古屋へ戻る事としました。
まずは難波から伊勢行の時間を調べると、程なく発車の特急があることがわかりました。
b0059978_2321243.jpg

大急ぎでチケットと飲み物を支度してホームに駆け込みます。
b0059978_23211750.jpg

汗をぬぐいながら、流れゆく生駒の山並みを肴に冷たいものを頂きました。
鈴鹿山地を抜けて平野を抜けて、中川のデルタ線を過ぎればやがて目的地の伊勢市駅です。
あえて山田でなく伊勢市で降りるところが乙なところです。
b0059978_23261541.jpg

日が傾きかけたとはいえやはり夏の日は暑く、車外へ一歩出たとたんにまとわりつくような空気に汗が噴き出してきます。
b0059978_23262955.jpg

伊勢市駅の表へ出てみると、丁度そこには三重交通の神都線もどきバスがやってきました。
b0059978_23294053.jpg


b0059978_23295579.jpg

駅の戻ると、先日廃止になったばかりの伊勢区の構内が、ガランと広がっていました。
b0059978_23314891.jpg


b0059978_2332626.jpg

まだ少し日もあるようなので、少し足を延ばしてみましょうか?
b0059978_23324728.jpg


b0059978_9453010.jpg

車窓に五十鈴川に掛かる神都線橋梁跡を眺めながら、松下駅までやってきました。
b0059978_2335186.jpg

周りには数件の人家と休耕田の広がる、何もない無人駅です。
近くには伊勢でよく見かける真珠漬の看板広告。
b0059978_23362751.jpg

さっき見送った『伊勢』が鳥羽から戻ってくるまでの間、この小さな田舎の駅で、沈みゆく夕日を楽しむとしましょう。
b0059978_23381386.jpg

[PR]
# by kitoudenki | 2016-09-10 23:38 | 鉄な旅 | Comments(0)

光明電鉄、その企画展に寄せて

現在磐田市中央図書館において、磐田市歴史文書館主催の企画展『光明電鉄の消長』が開催されております。
会期はたいへん短く、今週末の9月11日までとなっております。
基本的には、先日の竜洋支所にて行われていた企画展の内容と展示資料は同じです。
今回は会場も広いこともあり、同所にて保管されています光電のマーク入り鉄蓋が公開されております。
元々図表等が残っておらず、経営資料のみがクローズアップされている光電ですが、このような当時を知る貴重な個体が公開される事は喜ばしいことです。
今回初見だったのは、上野部付近の築堤を走る電車の写真です。
営業時代の写真がほとんどない光電において、これは本当に貴重な写真であると思います。
この週末にでも磐田駅前から見附まで、ぶらりと散歩がてら、一枚の写真を求めて訪問されてはいかがでしょうか。
[PR]
# by kitoudenki | 2016-09-08 13:41 | | Comments(0)

湘南色の電車に乗りたくて

高崎地区の115,107系が211系に置き換え開始とアナウンスがされたこの夏、仕事のひと段落したところで18きっぷの残り1回分を使い、信越本線は横川へと湘南色の115に乗りに行ってまいりました。
掛川を始発で出て帰りのホームライナーに間に合うようにするには、現地滞在は1時間がリミット!
果たして信越本線に115が来るか107が来るか、富くじのような工程ですがともかく出発です。
高崎に着くと信越本線ホームには115が待機中。無事に目的の湘南色の電車に乗れました。
b0059978_22561410.jpg

遠くに妙義山を望みながら田園を進むにつけ、だんだんと車窓の景色は勾配に変化をつけてゆきます。
b0059978_22562965.jpg

信越本線はやはり山線なんだ・・・・
そんなことを実感します。
b0059978_22573718.jpg

横川駅構内に入り引き上げ線が見える頃には、これだけの勾配が実感できます。
ああ、これから碓氷峠に挑むのだ、かつてそう思ってワクワクした日の事を思い出します。
b0059978_2364032.jpg

到着した普通列車は駅舎側の1線を普段は使用。かつて特急列車や釜めしの立ち売りで賑わったホームには人っ子一人居やしません。
遠くに峠を望みながら、その先に鉄路はもうありません。(営業線としての)
b0059978_23103245.jpg

1列車見送った後は、荻野屋さんで一休み。
とりもも弁当が欲しかったのですが、土日しか販売していないようなので、帰りの信越線車中(115のBOXシート)で食べようと釜めしを所望。
横川で降りた皆さんは荻野屋さんの写真をよくUPされていますが、どれもみな食堂部分ばかり。随分こじんまりした印象なのですが、ところがどうして、本店自体なかなか立派な構えの建物で今でも釜めしの調理を行っているとの事。
b0059978_23164843.jpg

さあ、ぼちぼち入線時間かな。
ホームで待っていると入ってきたのは107系。信越本線車中で釜めしを食べることはあきらめました。
b0059978_23244436.jpg

山を下る107系を楽しみ、程なく終点の高崎に。
高崎線の発車までは、ここを発着する115を眺めていました。次に来る時はどんな景色になっているだろう・・・
b0059978_2328940.jpg

[PR]
# by kitoudenki | 2016-09-03 23:29 | 鉄な旅 | Comments(0)

萩間川橋梁

静鉄駿遠線跡に掛かる萩間川橋梁が、河川工事のために撤去されるとのことで、先日現地調査を行ってまいりました。
同橋梁は旧藤相鐡道エリアであることから、中遠エリアと比べ設備投資がなされており、河川工事の関係もあるが静鉄独自の新工法の橋梁に架け替えられているのが特徴です。
b0059978_1647348.jpg

中間部の4径間は静鉄設計の新しいガーターに架け替えられています。ガゼットも使わずブレスを直接主材にリベット止め。それもフランジの下側に。桁がたわんだ際に上部が開いてしまわないか心配になります。7mほどのスパンなら心配しなくてもよかったのかな?
両端の径間のみは真面(?)な桁が使われています。
旧橋からの流用なのでしょうか。
橋脚はパイルを使った工法。φ400のパイルの上に横桁を繋いでいます。
面白いのは橋台も同じ工法で作ってあること。
b0059978_1655661.jpg

擁壁とは独立した橋台が法面に埋まって桁を支えています。
その他にも観察をするといろいろと面白い事実がわかりました。
現物が目の前にあるのだからこそ、しっかりと観察をする目を養うことが大切です。

b0059978_1647286.jpg

自分なりの記録と検証が出来ました。

尚、写真は通行止め以前に撮影したものです。
現在、同橋梁は通行禁止になっております。
[PR]
# by kitoudenki | 2016-08-29 17:18 | Comments(0)

静岡県の私鉄、記念乗車券展

ちいさな展示会のお知らせです。
来る9月3日(土)~10月2日(日)にかけて、御前崎市の市立図書館アスパルにおいて静岡県の私鉄記念乗車券展が開催されます。
記念乗車券を通して県内私鉄を知っていただくとともに、各鉄道の出来事を知っていただくことが出来ます。
b0059978_22212571.jpg

各鉄道共にデザインや趣向を凝らした切符を発行していることがよくわかります。
よく見ると、今は亡き路線の姿を垣間見る事も出来ます。
b0059978_22232989.jpg

私鉄のほかに、新幹線関係の展示も充実しています。
b0059978_22241412.jpg

全てをお見せはできませんが、ぜひ会場まで足をお運びいただければと思います。
貴重なものもまだ沢山眠っているかもしれませんよ。
[PR]
# by kitoudenki | 2016-08-26 22:26 | 日々の出来事 | Comments(0)

福島交通軌道線の面影

先日の事、取材を兼ねて福島交通軌道線の保存車とその沿線を訪ねてまいりました。
行きがけの駄賃とばかりに白棚線に寄り道をしたりとした所、郡山に未だテルハが残っていることを知りました。(今更ながら)
b0059978_221149100.jpg

よく見ればガーターはPATENT SHAFT AXLETRE CO ltd の1900年製。
イギリス製のこれとは、どこかの橋梁の転用でしょうか?
b0059978_22174243.jpg

そんな発見をしながらの福島入りでした。
福島では路面電車を偲ぶ会の方にもお話を伺うことが出来、先日修復された保存車を十分に取材することが出来ました。これで1114号の製品化も大きく前進しそうです。
b0059978_2231406.jpg

取材の後は沿線の遺構を数か所巡ってみました。
福島交通と言えばここ、此処に来ずして何を語らんや!
b0059978_2234090.jpg

そう、長岡分岐点です。古の写真で見た通り、よくぞこの場所にデルタ線が、貨物電車や貨車が・・・・
想像以上に小さな交差点でした。
続いて国道をオーバーするスロープに残る架線柱、そして阿武隈川橋梁。
馬面電車が走っていた当時の面影が、色濃く残る場所でした。
b0059978_22385153.jpg


b0059978_2239493.jpg

掛田線の終点、掛田駅にはいまだに駅舎が有人で残っていることは、皆さん多分ご存知かと思います。バス停の名前も掛田駅前という素敵な名前を未だ堅持しているこの路線、此処も行かない訳にはいきません。
電車時代には電圧降下が激しく、柱田の坂を上る電車も大分スピードも落ち室内灯も暗くなったといいます。(変電所は車庫前にしかなく、掛田辺りでは400Vくらいまで電圧降下していたようです)
b0059978_22491648.jpg

駅は当時の敷地にそのままに建っていました。
b0059978_22524736.jpg

ホーム側には電車時代のベルも残り(流石に使用はされていません)、当時の佇まいがそのまま残っていました。
b0059978_22543529.jpg


b0059978_22544880.jpg

出札窓口もそのまま使用されています。記念にバスの切符でもと思ったのですが、現在は乗車券類の発売はしていないとの事。残念でした。
駅の敷地内には軌道開通記念碑が残っています。
b0059978_22572725.jpg

立派な石碑で、当時の軌道に対する思いが伝わってくるようです。

こうして軌道線の取材を終えて帰途に就いたのでした。
[PR]
# by kitoudenki | 2016-08-06 23:01 | 鉄な旅 | Comments(2)